[ブッシュファイヤー記録]

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ブッシュファイヤーの熱で溶けた Duffy の道路標識
Traffic sign

1 月 17 日 金曜日

この日, ニューサウスウェールズ州森林部で燃えつづけていたブッシュファイヤーACT の Containment line(消火可能線)を超える. これは, ACT に山火事が燃え広がって市街地にも被害を及ぼす可能性があることを意味するのだが, 山火事はオーストラリアの夏の恒例であるし, 今年は干ばつで特にひどく, 連日山火事報道が続いていたので, ほとんどの人びとは危険を認識していなかった.

我々は週末キャンプに行こうと目的地を物色中で, 涼しさを求めて ACT の南西部山間部の湖の傍を目指していたが, オーストラリア最高峰コジオスコ山周辺のナショナルパークで多数山火事が出ていると聞いて, 目的地を ACT 北西の湖沿いに変更する.


1 月 18 日 土曜日

朝から暑さの予想される日だった. それでも特別変わった週末ではなく, 風もなく多少空が煙でかすんでいる程度だった. キャンプ用品を車に詰め込み, 午前 10 時ごろキャンベラ北西部の自宅を出発, ACT 北のまち Yass を経由して目的地バリンジャック湖のキャンプ地に昼頃到着する.

気温はぐんぐん上昇し, 強い日差しが照り付けていた. 我々がキャンベラからきていると知って, キャンプ場の係員は「キャンベラの様子はどう? 空が煙でかすんでいたでしょう. 今朝はここでも朝はキャンベラからの煙でかすんで景色が見えなかったくらいだわ.」と話していた.

湖べりのキャンプ場といえども非常に乾いていて, 水位は満水時の 18 パーセントにすぎず, これは過去 20 年間で 2 番目に低い値だそうだ. 釣りやボートを楽しみにしてやってくるキャンプ客も少なく, がらんとしたキャンプ場で, 子供の少なさに娘はがっかりしていた. 木陰の入り江で格好の水遊び場になるところも, 干上がってしまって泳ぐどころではない. 風が強まってきてかんかん照りのなか, 水泳をあきらめた私たちは, 気を取り直してテントを張ることにする.

湖を見下ろす景色の良い地点にテントを張ることにする. このとき午後 2 時, ドーム型の最新式テントを取り出して立て始めたはいいが, 風が強すぎてうまくいかない. 普段は旦那が一人で立ててしまうのだが, この日は私と娘が必死にポールを支えても, 外れたりひん曲がったりしてうまくいかない. 2 時間の悪戦苦闘の末やっとテントは立ったのだが, 強風にあおられ, ポールがグニャグニャにひん曲がる. 中に入るどころではなく, 何度つぶれてしまうと思ったことか. 旦那は風向きを見ては, 補強を繰り返していた. この異常に強い風(風速時速 100 キロ)が地域一帯に吹いており, キャンベラ西部全体のブッシュファイヤーを一気に燃え広がらせたのだ.

午後 4 時過ぎ, くたくたに疲れた旦那と一息ついていたところに, 公園の係員がやってくる. 「キャンベラに非常事態宣言が出ている. お宅のあるサバーブも厳重警戒地区に入っている. 帰宅するなら早く行ったほうがいい.」と教えてくれた.

「どうしようか」と旦那と話し合い, とりあえずラジオを聞きながら様子を見ることにした. 山間部で聞き取れる局は少なかったが, AM の ABC 放送を探し当てる. キャンベラの様子が逐一放送されていた. 午後 3 時に非常事態宣言が発令され, ACT の知事ではなく, 警察署長に指揮権が渡されていた. 3 時半の時点でストロムロの森に近い Weston Creek の Duffy 地区が炎に包まれ始めていた. 周りには 12 台の消防車しかいなかったそうだ. キャンベラ西部全体 5 箇所ほどに大きな火元があり, 南北に 30 キロほど広がっているので対策が追いつかない.

我々のキャンプ地真近に煙がもくもく上がるのが見える. 「あれってキャンベラ方面じゃないよね. えらい近いじゃない?」と話していた 6 時前, またもや公園レンジャーがやってくる. 「近くで山火事が発生, こちらに迫っている. 避難するかもしれないから待機しておいて. 避難先はあそこに見える水辺のボート置き場. 停電しているから電気もつかないよ.」という話だ. 「我々はキャンベラからきているんだけど, 帰宅しようか思案中です. 帰れますか?」とたずねると, 「道(一本しかない)が寸断されて通行止めだ. 公園からは出れないよ. ゲートも閉めてある.」とのことで, その晩キャンベラに帰れる見込みはなくなった.

持ってきていたプロパンガスも使用禁止で使えない. 電気も止まっているので, 電気のバーベキュー台を当てにしていた私たちは料理が何も出来ず, パンと水で過ごす. ラジオにかじりついてずっと放送に聞き入っていた. この時点で Weston の Duffy 地区の 36 軒の家が焼け落ちていると聞く. 南の Kambah 地区の家も燃え始め, 最南端のタグラノン全体も危険だ. モナロハイウェイ タグラノンパークウェイも通行止め. タグラノンコンダー, ギルモア, グリーンウェイ地区でも家が燃えている. 中央の西端部ウェストン地域は全体に燃え広がり, そこから緊急センターの設置してあるカーティン地区にも燃え広がってきた. 有名なストロムロの天文所も観測機も燃えてしまった. 南西部ティドンビラ国立公園も燃えている.

北部ベルコーネン地帯もかなりの地域が厳重警戒地区に入っている. 最西端のホルトマックグレガーが特に危なく, ホルトの西に広がるゴルフ場から火が迫り, ホルト住民は避難を開始した. 市内の避難所は 3 箇所で, ベルコーネン(北), ウォーデン(中央), エリンデール(南)のコレッジに設置されているが, そのうち中央のウォーデン避難所が危なくなってきたので, 国会議事堂東のナラバンダーコレッジに移された.

「住民は火が近づく前に, 窓を閉めてドアの隙間をぬれタオルでふさぎ, お風呂に水を張り, 屋根や庭に放水してしっかり濡らしておくこと. 燃え易いカーテンや家具は窓から放し, 家の周りから可燃物を極力取り除く. といの落ち葉も取って置くように」などが何度も流れていましたが, 火の勢いが強い地域は, あっという間に火の玉に襲われ, 5 メートル手前まで住民がホースで応戦したものの, 命からがら家族だけ連れて車で脱出した, と言う話を多数耳にした.

夜 10 時を過ぎて風が収まってきた. 為す術もないので, 翌日帰宅できることを願いつつ, 床についたが, 「帰ったはいいが家がない!」状態が目に浮かび, ほとんど眠れなかった.


1 月 19 日 日曜日

明け方に目がさめ, テントの外でボーっとしていた時, またもやレンジャーがやってきた. 「公園を脱出したいのなら, 今から一時間後にポリスが先導してくれるよ. そうでなければここに一週間は足止めを食うかもしれない.」と伝えていった. 驚いたことに電気がすでに復旧しており, 「電気バーベキューでソーセージと卵でも焼いて朝ご飯にしようか」なんて言っていたが, なんせ一時間しかないので, テントや用具をしまって支度するだけで精一杯で, 食べるどころではない.

朝 8 時半, ラジオを聞きながら公園のゲートに他の泊り客らとともに並んだ. 全体では結構人がいたようで, 40−50台くらいの車はいただろうか. パトカーに先導されて山道を進んでいく. キャンプ場から数キロのところで, 山火事の跡が見えてきた. 道の両方の牧草地が延々と黒焦げになっていて, 所々煙が上がっている. 道路にユーカリの木々が倒れ, 煙のにおいが充満し, 空気も熱くなっている. 30 分ほど山火事現場をとおり, しばらく行ってヒュームハイウェイにたどり着いた. ここからキャンベラまでは一時間強でつく.

ラジオによると, キャンベラ南西部を中心に, 400 軒の家が焼け落ちたと報道されている. 土曜夜半になって火は収束方向に向かい, 日曜に主立って燃えているところは市内にはないそうだ. 道路封鎖は続き, 電気やガスも各所で寸断され, 電気ガス水道とも一手に握る ActewAGL は復旧に全力をあげている. うちのクック地区は, 裏手に牧場, その裏にブッシュがありストロムロの森に続いていくので, 風向きによっては一気に炎に襲われることも予想されていたが, 幸い被害はなかった.

昼頃うちに戻ると, サバーブは不気味に静まり返り, 前日の緊張で疲れているようだった. 庭やデッキには燃えた葉っぱや灰が降っており, あまりの風の強さにプラムの実が全て落ちていた. 停電も一時あったようだ.

午後からはラジオ放送を聞いて過ごした. サポート情報がたくさん流され, 避難地区や電気電話ガスの復旧情報, 「家をなくした人に泊まるところを提供したい人はここに連絡を」, 「物やお金を寄付したい時はこちら」, 「手助けできる人はここに」, 「動物の保護はここ」, 被害状況の現在や道路封鎖の現状など... 耳慣れた地域名が何度も半分だけ現実感を伴って流れてくる.

普段は何をするにものんびりしたオージーだが, 緊急時の活躍には目を見張るものがある. 個々のサポートも然り, 隣近所で助け合ったり(コーストの休暇から急遽帰宅してみたら, 自宅が隣人の消火活動で助かっていた!なんて話もある), 普段のろい Actew がすごい速さで電気を復旧していく. ただ, メインの下水道施設が火事でやられてしまったので, 復旧に時間がかかり, 下水の溢れ出しが心配されている.


1 月 20 日 月曜日

きのうの夕方から, 月曜の朝のニュースまで, トップはキャンベラの山火事だ. 「土曜の魔の半日」の様子をテレビで見ると, 地獄のありさまだ. 一番ひどかった Duffy の様子が映っていたが, サバーブが真っ赤に燃え盛り, 家は 2 分で炎上, 道路に火の粉が舞って, 残るのはドライブウェイとレンガの土台だけだ. ゴーストタウンと化した通りも何本もある. Duffy 地区だけで185 軒が全焼したと報道されている.

キャンベラ全体で 402 軒の家が全焼し, 半焼部分焼多数, 死者 4 名, 重態 4 名, 負傷者多数と報道されている. 被害総額は数十億, 現在 ACT 政府と連邦政府で救済策を検討中だ. とりあえずは, 被害家屋に一律一万ドルが支給され, 住むところも支給されるようだ. 休暇を返上して急遽日曜朝にキャンベラ入りしたハワード首相の談が入っていた. 「今まで数多くのブッシュファイヤーを見てきたが, こんなにひどいのは初めてだ」と. シドニーの港の見える官邸からキャンベラにプライベートジェットで通うハワード首相も, さすがに日曜だけはキャンベラに泊まることにしたようだ.

道路封鎖も解除され始め, 本来ならばホームページ用の写真を撮りに取材活動に向かうべきなのでしょうが, 気が乗らない. キャンプ地でデジカメが壊れてしまったのと, 被害中心地のウェストンは, 私の勤務地があり, 知り合いもたくさん住んでいるので野次馬っぽく乗り込みたくないからだ. 全国ニュースのキャスターが現地入りしているのを見ても, なんだか言動が失礼に映る. と言うことで, 今回は残念ながら下手な文章だけの報告になっている.

January 20, 2003


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