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「お気楽ハッピーエネルギー」
昨日までイギリスの作家の小説を読んでいましたが、その闇の深さに唖然としました.話自体は意外な展開で、面白かったのですが、あんなの読むと人生を悲観してしまう.テレビドラマでも、イギリス物は暗いけど、どうしてなんだろう.
というわけで、オーストラリアにふんだんに溢れるハッピーエネルギーについて考えていました.
気候と広大な大地のせいかな。これはあるとおもう。
じめじめと小さく考えにくい環境だ.
文化の重みがなくて、自由度が大きいからかな.それもある。
伝統に縛られて恨みが出た澱みたいなものは少ないからね.
社会の流動性が高いのも貢献してると思う.
職場や家や学校を変わるのなんて、簡単さ.
日本みたいに深刻に考えなくても何とかなる.うまくいかなかったら、また次を始めればいい.
ラッキーなことに先進国なので、本質的な生活の心配がないのもひとつ。
でもそのかわり、さけがたいbored(かったるい)の気持ちをどうするかって言う問題が残る.
これに対して最大のプラスになるのは、「いるだけで心地よい」オーストラリアの環境があるとおもう。
あまりにも心地よいので、ぼーっと庭を眺め、向こうの山並みや、木々の移り変わり、風の匂い...日々大きくなっていくかぼちゃを眺めるだけで幸せになる. ただの散歩も楽しい.(余裕がないと出来ないけど。)
日本にいると、ただ家にいるだけでは「心地よさレベル」がマイナスなので、「何かしなくちゃいけない、どこかに出かけなきゃ」と思いがちですが、そんなことないもんね。
先日、1月26日は「オーストラリアデー」の休日で、その前後には国旗の小旗をつける車が出回ります. まあね、植民地根性丸出しのユニオンジャック入りの旗を平気で振るには、それなりのアホアホのお気楽さが必要なのですが、これがまた実に楽しそうなのです.
キャンベラの中央の国会議事堂前のグリフィン湖畔は全て公園になっていて、オーストラリアデーには、野外コンサートが行われ、夜は花火が打ち上げられます. 我々が観光フェリーに乗って遊んでいた夕方時点では、まだ花火まで4時間ほどあるはずだったのですが、ちらほらと花火の場所とりのピクニックグループが出ていました.
クーラーボックス一杯に食べ物と飲み物を持ち込み、敷物を広げ、イスを出して陣取ります.対岸の湖のふちが狙い目みたい.ゆっくり時間を楽しんで、花火を待つのでしょうか. 小型バーベキュー器を持ち込んで、料理を始める人もいました.
「生きる」って、そのままで苦しいことはついてくるので、自分で余分に思いつめて苦しさを増すことはないと思う. どれだけポジティブさを見つけられるかで、見方が変わる.
オーストラリアのハッピーエネルギーは助けになるな. ほんと。
No worries.
We'll get there.
We get around it.
We'll work it out.
4 February, 2010記
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