[差別の心]

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[その 1]

ミリアムは泣いていました.
一年契約の期限付き教員の彼女は, 次年度もマッキロップ高校で続けて働きたかったので, 2002 年度の理科・数学教師募集の職に応募していたのです. 3度目の応募をした後に, 管理職のビルは彼女に電話で告げました. 「もう応募しなくてもいいよ」と.

その日の帰りの車の中で, 彼女は涙を流していました. 「彼らが形だけのインタビューをして, 「不採用」を通知したのは最初だけ. それからは, 何度応募しても返事もない. 次年度の理科・数学教師が何人も足りないのは分かりきっているのに, どうして? この一年, 子供達の素行に悩まされても, 苦労して乗り切ってきたのに...」

他の期限付きオージー教員に次々と採用通知が来る中, ミリアム は毎日毎日心配しながら待っていました. 「ルークは大学出たてなのに正教員の職がもらえたんですって」「 ケイトは教員の前歴がないのに最初から正教員だって...」と, 校内で情報を集めてくるのです. 大学から教育実習で マッキロップにやってきていたデイビットが実習中にそのまま正規採用( ミリアムと同じ数学・理科の職)された時には, 彼女の落胆振りは一層でした.

大学院で生物学専攻のミリアムは, インドで十数年教えた後, 兄さんのいるキャンベラに娘を連れて一昨年7月に移住してきました. 同年 10−12 月の 4 学期に テロピアハイ(大使館の子弟がたくさん行くところ. 国際色が強く, キャンベラの公立高校で一番だといわれている)で教えた後, マッキロップにやってきました.

彼女は自分の専門に誇りを持っていて, 授業準備は半端じゃないです. 準備不十分のオージー教員が, 授業中にその時間のプリントのコピーをしていたり, 準備せずにトークで一時間をやり過ごす中, 彼女は家で夜中過ぎまで次の日の準備をするのです. 「子供達は私のインド訛りの英語を聞こうとしない. しゃべって説明しても「彼女は何言ってんだかわかんない」と親に言いつけるのでプリント準備は必須」と言いながら自らの睡眠時間を削って地道に準備を重ねていました.

ミリアムを悩ましたのは, 専門の授業内容ではないのです. そんなものは, 彼女は楽勝でできるのです. それよりも, 彼女を取り巻く文化的要素がいちいち彼女の足を引っ張るのです.

この写真を見てください. マッキロップ(中学部)職員の 2001 年度写真です. 職員数約 80 人(キャンベラ最大規模)中, 有色人種は 4 人です. 一列目左端のミリアム , 3 列目左端のピエール, 同列中央の私と 4 列目左から 3 人目の ニコラです. 4 人目のニコラはしゃべりも動作も完全オージーなので誰も「他文化の人」と認識していません. この 4 人の中で正規採用はニコラのみです. 他の 3 人は 2002 年度の職に応募しましたが全員落とされました. (注;ピエールは 3 度目に OK がでた. 彼はオーストラリア生活が長く, 奥さんはオージー)

この数は, キャンベラの有色人種人口比率からすると格段に低いと思います. 80 人中 4 人って言ったら, たった 5 パーセントでしょう?「半世紀後にはアジア系住民とその家族が 5 割を占めるであろう」と言う推定もあるオーストラリアですもの, うちの子供のプリスクール(公立)だって子供の 2 割は有色人種です.

同じ来豪したての外国人でも, 文化の近い, そして何より見た目の同じ白人の外国人は受け入れ度が高いです. フランス人の フレデリーカ(3 列目左から 3 番目)もオリヴィエ(1 列目中央)も今年からパーマネントの正規採用です.

子供は敏感で残酷です. 「お, こいつはいける!」と判断すると, いじめは執拗です. それも, この年代(十代前半)の子は特に人の弱いところを狙ってくるので質が悪いです. ミリアムは「カレー, カレー」と通りすがりに冷やかされ(有色人種を表すもう少し直接的な差別表現もあります), ホームルームでも授業でも Fuck, Bitch は数知れず, 訛は真似されて笑われます. セクハラも執拗で, 勃起したペニスの真似を性懲りもなく何度もする子供もいました. 理科の実験中に器具を放り投げて爆発寸前!ということもあったそうです. この中のひとつでも他のオージー教員にしたら停学は免れませんが(そしてそんなことする子もいませんけれど), ミリアムにだったらやってもいいと思っているのです.

ミリアムが主任に助けを求めても, サポートには限りがあります. 何度も何度も彼女に問題が起こるたびに, 「もしかしたらミリアム自身に問題があるのかも...」という疑問が彼らの中に湧き上がってきます. そう考えたほうが, 学校側にとってラクですからね. 問題を自分で何とかできない教員は「無能」のレッテルが貼られ, そしてその微妙な空気を子供がかぎつけて利用する...という悪循環が繰り返されます. 子供の作り話を本気にしてミリアムに対する抗議の手紙を長々と校長宛に送りつけてくる親もいました.

子供達は保身のためによく嘘をつきます. そしてかなりの割合の子が大変上手に話を微妙に(あるいは大胆に)作り替えますが, 大抵はそんなに悪気はないのです. 嘘を証拠立てて追及されると「冗談冗談, あはは...」ですむと思っています.

去年の最初のころ, ミリアム ピエールと私で授業後話をしたことがあります. 「どんなに嫌がらせを受けても途中で投げ出さずに乗り切ろう. 僕らは人種差別のターゲットにされるだろうけど, そんなことで負けていたら, 尻尾を巻いて国に帰ることになる. 負けるな!」というピエールの言葉は今も覚えています.

この状況を, 一歩一歩彼女は克服していきました. 学年の後半には主任に助けを求める事もほとんどなくなり, 「あなたほど私たちにちゃんと教えてくれた先生はいない」と彼女に言いに来た生徒もいるそうです.

最後の集会で, マッキロップを去る教員達の名前が公表されました. その後教室で 7 年生の子供達(彼女が一番苦労していたクラス)が彼女のまわりに集まって泣いたそうです. 「どうしていっちゃうの?」「首にされちゃったんじゃないよね」と言いながら.

数年後には, たくましくなった私たちはこんなことは忘れてしまうでしょうし, この文章を読んでも「なんてナイーブだったんだろう」と思うことでしょう. でも初期に経験した具体的事実として記しておかなくてはと思ったのです.

今週のキャンベラタイムズの求職欄にもまた「マッキロップ の理科・数学教師募集」記事が載っていました.

6 January 2002


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[その 2]

私の勤務していたマッキロップ高校では, 学年の最後に教員お勉強週間があって, 生徒抜きでディスカッションやお勉強会, 講義があります. それ以外に, 恒例でお別れティーパーティがあります. その年に学校を去る職員がそれぞれスピーチをします. 特にお世話になった人にお礼を述べてから, それぞれ個性的なスピーチをするのがお決まりになっていますが, みんなお上手に笑いを取りながらスピーチをする中, 私は前日書いた原稿を読み上げることにしました.

(スピーチをするのが上手でない文化からやってきたことを前置きして)

Farewell letter

Dear Mackillop Staff members,

I would like to express my gratitude for your warm support through this year. I felt odd and marginal but you'd welcomed me warmly when I started teaching Japanese term 4 last year.

I would also like to thank the LOTE staff members, Sue Snell (注;外国語科の主任, 私の上司です)for her daily support and advice. It must have been a big burden and the source of her headache as well as mine, to deal with the misbehaviours happening in classroom. I would also want to thank Frederique and Olivier (注;二人ともフランス語教師)for being there and encouraging me when I was down and out. Thank you Carlo (注;フランス語教師. イタリア人. 科で一番年上)for taking number of my naughty kids into your class without complaining. It was a great help to me.

I feel I was very fortunate to join in the Peer Reading Group (注;後述のクリスと共に 9 年生特別クラスの担任を受け持った. クリスはオランダ人の夫を持つ. オランダでの教師経験あり) and was able to work with Chris Van Rens. Thanks Chris, for showing sympathy and understanding. You know how it's like to work in a foreign country and it really helped me.

And I'd like to send my heart to my dear friend, Miriam Ambrose, with whom I went through all the difficulties, persistentracial and sexual harassment, from some of the kids, and we had overcome, though slowly. I was extremely happy when you were allocated to water staffroom (注;職員室は 4 つに別れている)in the beginning of this year because I knew you'd understand me and I'd understand you.

One of the things I'll remember will be kids calling out at me, ‘Chin Chin’, on the hall when I was walking to the staffroom, while I'm on duty in the northside (注;休み時間の校内巡視係. 週に 2−3 回ある), from the window during class. It, in fact, came from everywhere, targeting at me, as a joke. This expression is nothing nice, so please don't do that to me because I don't enjoy it, and it's embarrassing. It means ‘penis’. It was like kids' secret code for me, used hundred of times a day at the peaktime (注;これは日本人の私にだけ当てつけた子供達のお遊び. 私が見ていない方向から大声で「ちんちん!」と神経に障るように叫び, 逃げる. 大変しつこい. 他のオージー日本語教師はされないし, フランス語教員はネイティブでも同様の遊びはされない). It is easy for you to say to ignore them and it will cease. For me it was not that easy because it hurts my identity as a Japanese, I felt like they are ridiculing and abusing my culture and language. Of course, no one in this room enjoys being called ‘Dick’.

I'd like to thank Mark Pickham for providing listening practices for me all through this year (注;彼は管理職で生徒指導担当. アデレード訛の聞きにくい英語で容赦ないスピードで話す. 普通のオージーでも油断していると半分くらいしか分からない). I could only understand 10 % of what he was saying in the beginning of the year but now I'd probably understand half of what he is saying. Great improvement, isn't it? (注;シンとしていた観衆からここだけ笑いが取れた)But please slow down and pronounce clearly for those who come from different language background, Mark.

Whoever comes after me, or whoever comes fresh from different cultural background to teach in Mackillop, especially those who do not have European cultural background, please give a greatest of support. Kids are not mature enough to respect other culture, or some of them do not even tolerate other culture and think it's a joke. Your support will not just help people like me, but will surely contribute to the multiculturalism, the great principle of this country.

Anyway, it was a good experience to work in Makillop. I am still not sure what I'll do next year, but wish me luck. Thanks everyone. And good bye.

Akiko Kono

カトリック系のマッキロップ高校は, 学校を挙げてフィリピンに救済事業を行っています. 募金やコンピューター寄付などは常時, このスピーチの前日に校長がフィリピンから帰ったばかりでした.

このスピーチの後, 校長が私とミリアムの名をあげてみなの前で謝罪しました. 生徒に代わって私たちの受けた精神的痛手に対して謝る, と. キリスト教精神に反する行為だ, とも言っていました.

つたない英語と, 間の悪いしゃべり口で恥ずかしかったのですが, 言いたいことが伝わったようでよかったです. 足元で起こる差別の様子を聞くのは, 観衆にとって聞きたくないことだったでしょうし, ストレス満載の超多忙職場でそんなことできれば見ないようにしたいでしょう. でも, 私たちが一番痛かったんですもん, その中でも. 見ない振りせずに, 問題を認識して欲しかった.

来年度唯一有色人種でマッキロップに残る ピエールは, スピーチの後, 感動して抱きつかんばかりにして言いました. 「なんて勇敢なんだ. 僕だったら自分の差別経験を話している途中で感極まって泣いてしまう. ありがとう, 言葉にしてくれて. 」状況はそんなに急に好転しませんが, より多くの人が差別の心の根を認識してくれるとうれしいです. ピエール, 来年もマッキロップでがんばってね.

この程度の経験は, 大きく見れば何てことないです. 確かに個人的には痛かったですけど, 30 年前の白豪主義の名残あるころの有色人種の扱いに比べれば天国でしょう. 逆に考えてみれば, 日本にいる外国人教師が, 私がここで扱われているようにすべて同等に(職務上)見られているとは到底思えません. そうしてみれば, オーストラリアのこの 30 年間の進歩には目を見張るものがあり, 新参者の私もその恩恵にあずかっていると思います.

日豪間に JET PROGRAM といわれる交流事業があります. これ結構有名で, 日本に興味のあるオージーの若者が応募するもの(年齢制限あり)ですが, 彼らは英語教員として日本の各学校に配置されます. そこで何と彼らはアシスタントとして英語を教えるだけなんです. 教室では「主役の花」扱いされますが, 授業を計画するのは日本人教員なので, 彼らを自分のクラスに受け入れる時はいつも特別余計な時間を割いていました. 私たちは密かに「お飾りパンダ」とよんで, いろいろと通訳して説明する必要があるたびに「一人立ちしてくれたらナァー」と嘆いていました. (でもこの制度は彼らの一人立ちを許しませんけど. )

このオージーの AET (Assistant English Teacher) が, 担任持って, 授業を仕切って, クラブも行事も指導・参加して, 親と面談し, 職員会議に出席して理解・発言し, 書類を作り成績つける... なんて普通の日本の教員がやってることをやったら仰天しますね. 全てやってないですもん, お客さん扱いですから.

外国人だからって特別扱いされずに過ごせた(そして給料まで貰えたheart )この一年は, とても貴重な経験だったと思います. 感謝感謝smile

6 January 2002


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