[らくがき(2005 年 5 月 〜)]
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[142]
「母の日の心意気」
昨日の母の日は、私の母の一周忌に重なりました.
娘達は学校で作ったカードやらプレゼントやら運んできてくれ、優しい心のおすそ分けを「おばあちゃんにもね」と、庭の草木で作った小さな花束を写真の周りにならべていました。
キャンベラでも、しばらく前から「母の日セール」を華やかに飾りつける店が目に付き,週末の街は花束を選ぶ人たち,晴れがましくプレゼントの包みを抱える女性達で賑わいました.
シビックの目抜き通りにある「Embassy Florist」では、広口の小花瓶にお洒落に盛られた花束が60ドルやら80ドルと値段も一流で,渋ちんの我々を驚かせていました.
ベルコーネンに来るとすっと庶民的で、中でもマーケットはお気に入りの一つです.八百屋やデリや肉屋が並ぶ中,善戦するのがいきつけの「Fin'sCafe」。並びにある魚屋直営のレストランで,財布を気にせずに気持ちよく食べられます.最近は安めの食べ物やさんだと、水も出してくれなくなっていますが(ドリンクで小金を稼ごうとする)、フィンズはそんなけちくさいことはいわず、ボトルで冷水が出て,青いテーブルクロスの上の白い紙に、子ども達は待ち時間にお絵かきをして楽しみます.
このところのバブルで,フィンズでさえ少し値上がり気味ですが,看板料理の「フィッシュチャウダー」はいまだに6.95ドル,魚と鮭の切り身,いかにえびに貝柱にムール貝と、大ぶりのお茶わんぐらいの器にこれでもか、と盛られています.子どものフィッシュアンドチップスはミルクセーキがついてたったの6ドルで、経営を心配してしまうほどです.しかしながらそこいらのテイクアウェイと違う所は、冷凍魚は一歳使わず、牡蠣の盛り合わせでもロブスターでもワインとともに注文できる所で、散財するのも思いのまま、というわけです.(それでも一人30ドル以上使うのは難しい)
昨日はちょっと贅沢に食後の「モカ(コーヒーにココアを入れたもの)」を注文してみようとレジに言ったのですが、なんとなんと、「母の日の心づけ」と称してサービスしてもらえたのです.忙しい昼時で、珍しくギリシャ人のオーナーも、カーネーションの花が飾られたテーブルに皿を運んでいました.
我々が気に入る店はつぶれるか経営を刷新(高くするってこと...です)することが多いのですが、フィンズにはつぶれずにそのままの心意気でがんばってほしいなあ。好感の持てるお店です.
12 May 2008記
「141」
「オリンピック灯火リレー」
今日は首都キャンベラでのオリンピック灯火リレーの日でした.
数週間前から中心部には柵が立てられ,前ACT財務長のテッド・クインラン(彼は良心的でACT知事の信頼が厚い)が警護を任されて 計画を練っていました.
中心の湖沿いでスタートして、戦争博物館や国会議事堂の丘,旧国会議事堂など周囲を小さく回るルートです.
娘は休み中の一大イベントなので、家から数キロと近いこともあって、見に行きたがっていましたが止めにしました.
テレビ中継を眺めたところ、思ったとおり、灯火の周囲は中国旗と中国人であふれていてさながら中国国内のようでした. この不気味な光景を目にして、行きたがっていた娘もひいてしまいました。
普段は我々は中国人に間違えられることが多く、別にそれを気にもとめないのですが、今日ばかりは「私は中国人ではない!」と叫びたい気分です.
オーストラリア在住の中国系移民が、大挙してバスで乗り付けたと聞きます。特に、親チベット派が150人やってくると聞いて、シドニーの中国人学生達はバスを出すことに決めたそうです.
思想統制と行動統制が敷かれ、当局に反する情報や意見を流すものは容赦なく弾圧される中国を逃れてきて、オーストラリアの自由な空気と寛容な文化の恩恵を受けている中国移民が、それでも「赤旗」を振り回してしまう気持ちはいかようなものなのでしょうか.
知り合いの中国人が、「リレーの日は壇上で聖歌隊と歌をうたいに行くの。キャンベラ中から200人が集められているんだって.」と嬉々としていました。「あなた達は見に行くの?」との晴れやかな問いに、「行くつもりはないのよ.」と言葉を濁したのでした.
オーストラリア側は、二百万ドル(二億円)もの警護費用を支払い,大量の警官を配置し、他国で暴力をふるって物議をかもした中国人灯火警護人(これでも話し合いで二名に減らしたそう)とともに灯をガードしていました.
国家に忠実なこの中国人警備人たちは、蝿のようにしつこく灯火に近づこうとし、持ち方やらバトンタッチの仕方やら指示しようとしていたのが印象に残っています.
24 April, 2008記
「追記:政治的作為」
ニュースを見たり,人と話をする中で、浮かび上がってきたことがあります。大型の赤旗をふっていたのは多くが「若者」であり、組織的に旗とシャツを渡されて,指示通りに動いていたということが.
つまり、血気盛んな若者(留学生中心ではないか)が,文化大革命張りに示威目的のために使われたのではないかと言うことです.背後には資本と力のある組織が動いていたのではないかと言う疑惑が湧きます.
そうか。在豪の中国移民にしては,やりかたが派手すぎると思った.あんなことしたらオージーが白けるだけだもの.家族やコネが中国にあるので表立って中国に物を言うことはないにしても,あんなふうにやりすぎたらだめだってことくらいはわかるだろうね。
25 April 2008記
「追追記:地元新聞の投稿記事より」
キャンベラの地元新聞、キャンベラタイムズ土曜日版(発行部数が一番多い)で、オリンピック灯火リレーについてオージーの投稿文が三点載っていたので「らくがきバックナンバー」に
挙げておきます。
As a proud Australian citizen, ACT resident and all-round
lover of sport, I was delighted to see a vibrant turn out for the Olympic
torch relay.
However, in choosing to express my freedom of speech by displaying
a human rights logo, I did not expect to be mobbed, physically abused and
verbally harassed by an overwhelming swarm of riotous Chinese supporters.(筆者は「人権Tシャツ」を着ていたために、中国人サポーターに嫌がらせをされた.)
At one stage I was confined to a group of seven, surrounded
by Chinese flags aiming to contain our presence by concealing or beatingdown
our flags, wayward swings landing on our faces and shoulders.
Little safety was provided by security or police when outside of the immidiate
vicinity of the torch, allowing Chinese supporters to chant phrases
such as "go home", "One China" and "how much were you paid?"(数で大幅に勝る中国人側は、徒党を組まない意見の異なる者をみると、まわりを取り囲み、大型の中国国旗で、覆ってしまおうとする)
Curiosity about this last comment led me to ask as to whytheywould
make such a statement. Aggressive responses were "we were paidto dothis."(中国人サポーター達は桜として雇われてきていた.)
Such comments changed my understanding of what the Chinese
supporters were really there for and how things might be done in China.
From my experience, the attention was never on the well-advertised concert
at stage 88, or the torch for the most part, as both were largely inaccessible
for those not supporting the colour red.
The attention from the masses of red was directed at bullying
the largely passive minority groups, of which the general public is included.
The "spectacular success" depicted by the media is a matter
about whether the torch relay took place without too many negative incidents,
or whether Australian citizens were able to peacefully and publicly express
an opinion without being harrassed or bullied by a bigger and more powerful
mob who may or may not have also been Australian citizens.(リレーの成功如何は、オーストラリアの一般市民が、平和的に、威嚇されずに自由な意見を表明できたかにかかっているのではないか、)
Caitlin Roy, Waramanga
It was enough to swell Canberrans' hearts with pride: a sea
of red flags in the finest tradition of "spontaneous" communist demos. Ah,
those were the days. Ted Quinlan was visibly moved, in claiming a brilliantly
successful day, marred only by some capitalist bourgeois running dog whotried
to burn a communist flag. He was arrested, and quite right too. Ifhe'd done
it in Beijing, the comrade would have known how to deal with him.And send
his family a bill for the bullet.
(皮肉たっぷりの投稿者.「自発的共産主義デモ」を許容するキャンベラの大らかさを言っている)
Dr. Alan N. Cowan,
Yarralumla
I attended the torch relay in Canberra carrying a small sign
saying "China sends weapons to Robert Mugabe". (投稿者は「中国はジンバブエの独裁者ムガベに武器を送っている」というプラカードを持っていた)
I was harassed by a group of Chines students, in particular
a tall man who followed me around trying to drape a Chinese flag over me.
I walked to another part of the relay route and stood by myself with my sign. (中国人学生が赤旗で彼女を覆い隠そうとして,彼女は取り囲まれた.)
A large group of Chinese students surrounded me and nearlysmothered
me with their flags. I tried to run away from them but they wouldn'tlet me
go, they just made a tighter circle around me. In the end a policemanhadto
rescue me from them.
At no time did I attempt to cross the barricades or get near
the torch. These Chinese students are thugs who do not respect the rights
of anyone to have their say. They will probably get good jobs with Chinese
Government when they finish their studies.
Annie Carroll, Acton
2008年4月26日 キャンベラタイムズ土曜日版より
「良かれと思って、の真意」
三月の頭のひな祭り,秋に入ったばかりと言うのに
朝方は冷え込んで気温が一桁の日が続くキャンベラです.
オーストラリアの新政権になってしばらくたちます.
新首相のラッド君は、夏休みも返上して精力的に働いていたそうな。
先日彼は国会でSorry Speechをしました。
前首相の下では到底考えられなかったことです。
どんなスピーチかと言うと,
先住民のアボリジニーに対して「ごめんなさい」と謝ったわけです.
キャンベラの丘の上の国会から全国に中継されたのですが、
この歴史的現場を生で見ようと
アボリジニーがアリススプリングスやらダーウィンやら
遠くから大勢詰め掛けました.
1910年頃から1970年頃にかけて
白人政府は特別法を作成し、
アボリジニーの子ども達を強制的に親から離して施設に送り
「再教育」してもいいようにしたのです。
全体の10-30%を占めるこの子ども達は
Stolen Generationと呼ばれます.
居住地から引き離されて
家族と二度と会うことはなかった人たちもたくさんいたそうです。
教会の力も借りて
アボリジニー居住区から白人地区に子どもを連れて行き、
言葉を奪い
キリスト教を強制し
農場の人夫(男)や家庭の住み込み女中(女)として
子ども達を扱いました.
Foster Care「里親」とは名ばかりで、
白豪主義の中
奴隷制度のアメリカの黒人のように扱われていたそうです。
(確か彼らが一人前に扱われて
選挙権を取ったのはすごーく遅くて
1967年頃のことだったと思う.)
来賓として
生存する歴代首相がキャンベラにやってきたのですが
前首相のハワードの姿だけはありませんでした.
「謝ってしまうと責任が生じて賠償しなければならないから謝らない」
と言う論理がまかり通っていたのか
「過去のことはわしゃ知らん。」
とほっかむりを決めこんでいたのか
この明らかに人権に反する行為を
認めるのに40年かかったのでした.
もっと保守層が抵抗するかと思ったら
リベラル(保守)党も便乗して
党首のネルソンがスピーチをしたのです。
彼としては上手に迎合しようとしたのかもしれませんが,
保守のハワードの後を継ぐリベラル党としては
無理があったようです.
「Good intention 善意」、時の政府・教会(白人達)は、良かれと思って
善意でやったのだ、風のせりふがあったそうですが
混じり物が多すぎる善意の悪臭がはたまた鼻につき、
ネルソンはこのスピーチでまた支持を下げてしまいました.
過去は替えられないにしても
悪かったことは認めて
そこから学んで未来へと前進するprogressiveなラッド君の姿勢は
国民の賛同を得ていて
支持率はなんと70パーセントを越えるそうです。
彼のスピーチの中で
fair goについて触れられていましたが、
なんたって私がオーストラリアに来たのは
このfair goの精神に感銘を受けたからさ.
こんなん、なかなかないじゃん。
3 March, 2008記
[139]
「最低賃金」
またまた日本に帰省しておりました.
昨年度は母が亡くなったこともあり、二度も日本に滞在(計二ヶ月)したので、日本の現状を見直す良い機会になりました.
町にしか滞在しなかったので、田舎の感覚はまた違っているのでしょうが、気になったのは値段でした.
日本といえばやはり、サービスが行き届き、仕事が正確で処理が速いということです.
そこの所はおおむね変わってはいなかったのですが,そのサービスを提供する側の待遇が気になりました.
例えば宅配業者。ローカルな下請けに仕事が出されて,一軒いくらの安上がりの出来高制で、小さな車が常時待機しています.お届け時間も細分化され,不在表の番号に電話をかければ再宅配の早いこと早いこと.こんなことをするために下請け業者が安い値段で奴隷のように待機しているのだな,と思ったのです.
大阪の甥がコンビニの夜勤をしているのですが、時給を聞いて驚きました.「980円なり」だそうです。昼間勤務の場合は更に安く,680円程だとか.最低賃金ぎりぎりです.
彼は夜10時から8時間働いて、手取りは1万円に程遠いわけ.それで彼は親の家から離れられないわけか.
母の友人と食事に行ったのですが,彼女は定年間近で、勤務30年のベテランです。フルタイムで工場のラインについていて、手取りは月16万円.ボーナスもあるのでしょうが,なんで年俸が200万円台な訳!?
日本のパートタイムや非常勤は時間給で雇われている人が多くて、仕事量の割にフルタイムとの差がありすぎのようです.(銀行の窓口で働く既婚女性は、経験があっても一度仕事をやめてから銀行に再就職となると、待遇が雲泥の差とか.同期の男性職員の何分の一かで時給働きだそうです。)
私は週三日勤務のパートタイムですが、給料は上述の母の友人を上回ります.なぜか? それは待遇がフルタイムと同等で、すべてが単純に六掛けの五分の三計算になっているからです.バブっていて物の値段が上がりつづけているオーストラリアでも,私の給料では暮らしていけないな,と思ったことはありません.
安いチェーン店で350円の牛丼を食べているウラでは、時給680円の店員さんが働いているわけね.コンビニもそれだけ人件費が安かったら、24時間開けてられるわけだ.
子どもと三人で12ドル(1200円)以上する三時のお茶(二人分の飲み物とbabychinoそれにケーキを一つ頼んだだけ)をしながら、「やけに何でも高くなったなぁ.でも、高くてもこの人たちが食べていけるんならいいや」と思いにふけったのでした.
ちなみに新聞記事でも読んだ,最低賃金(18歳以上)のことを調べるためにネットをサーフィンしたのですが、日本の最低時給は600円台後半、アメリカもそれに近くてUS6ドル代後半,オーストラリアは13豪ドル台で、今のレートだと日本の倍になります.
安物を買い漁るのはやめよう.
30 January 2008記
[138]
「新政権誕生」
オーストラリアが新政権を選択してから2週間になります.
選挙前の一貫した世論調査通りの労働党圧勝の結果が本当に出るのだろうかと言うのが疑問でしたが,そのとおりでした.
オージーって世論調査も本音で答えるのだわ.
全体でみると2大政党の支持率が5パーセントほど動いただけで80対60の与野党比率がひっくりかえるのですから、両者は中道寄りで政策が似てくるわけだ。両者の支持率はいつも半々に近く,どちらに転んでも自分達に投票しない有権者が半数程もいるのだもの.
久方ぶりに労働党政権になったのですから、金持ちの資本家によりすぎた政策を修正して、もう少し弱者を保護する、safety netのしっかりした世の中になって欲しいものです.
しかしケビン君はwetではない効率派のようだから、どこまで社会正義を進める気があるのかな?
彼がキャンベラの首相宅Lodgeに居を構えることにしたのは喜ばしいことです.最近はこのあたりでもラニ―ニョの影響で、待望の雨も降っているし,住むにはなかなかよろしいところですよ.
10 December 2007記
[137]
「花粉症の都キャンベラ」
9 November 2007記
[136]
「SHOW子とTELL子
パブリックスピーキングの練習」
オージーの子ども達が、教室でも大人に対してでも物怖じせずに話し掛けてくることは何度か書いたと思いますが、どちらかと言うと(特に知らない人や大人に対して)引っ込みがちになるうちの子ども達も色々な場面で練習する機会があります。
私立のデイケアセンターに行っているうちの4歳児の練習場は毎週水曜日の「show and tell」の時間. 家からお気に入りのおもちゃやら小物を持ち寄ってスピーチを披露し、観客から質問を受け付けるのです. 何をしゃべっているのかは分かりませんが、ぬいぐるみやらおもちゃのカメラやらを毎週せっせと持っていっています。
小学校低学年はスピーキングの時間はあるようですが、高学年になるとテーマに沿った課題とともにクラスでの発表がついてきて、それも成績に入ります.
家でのおしゃべりの鍛え方はと言うと、兄弟で延々と口喧嘩をするのです.
私は子どもの頃に兄とそれほど喧嘩した覚えはありませんが、こちらの子ども達の口喧嘩をすることすること。うちの子供たちもご多分にもれず喧嘩をしてばかりなので(理由はたいしたことがないことばかり.だれそれが何々を取ったとかその程度のこと)、特に狭い空間の車移動の際は耐えられないレベルになることもしばしばです.
理由を考えてみたのですが、こちらの子ども達は、「サイズが小さいだけで大人(兄弟)とおなじなんだ。」という対等感が強く、特に「お姉ちゃんなんだから...しなさい。」的な役割発言は通用しないことが多いです.「女の子なんだから...しなさい。」発言なんてもってのほかです。妹や弟でも黙って引っ込んでいずに同等を要求するので、喧嘩になるのです。
ハイスクールの授業でも,一応計画を立てて授業に望むのですが,生徒の質問や反応で脱線することがしばしば. こちらが話しているのに、生徒たちはガンガンと質問やら意見やらを言ってくるので「うるさい!(もちろん日本語で)」は常套句です. 「最後まで聞きなさい」「君達の言葉でわざわざ説明しているのに失礼だ」とも言い返します.
「生徒は黙って授業を聞くものだ」という常識を持って臨んだベテラン日本人教師が挫折した話はぽつぽつ耳にします.
日本の家庭でも学校現場でも社会でも、男と女の立ち居振舞い話方とも別々に扱われ細かく区別されていますが、そうして育った大人が男女大差ない生物臭の少ないユニセックス型なのに対して,「男と女は同じだ」を主張して育ったオージーが生物的男臭と女臭をむんむんに漂わせた大人になって「男と女の違い」を体現しているのが面白いところです.
29 October, 2007記
[135]
「誰が誰の代弁者なのか?」
ああ、安部総理もあっけなく辞任してしまいましたね.
それにしても日本で権力者にインタビューする人たちは、もっとまともな厳しい問いかけを出来ないものだろうか.
キャンベラでの国会答弁や、政治家を呼んでのテレビインタビューは、
聞く側も答える側も
はっきりスタンスがあってパンチをかますので、
見応えがあるのになぁ。
APEC騒ぎも終わり,注目がまた国内問題に戻ってきました.
ハワード首相もシドニーからキャンベラに戻ってきましたが、
(しかしなぜAPECは首都のキャンベラで開催されなかったのだろう.
シドニーの一等地のキリビリの迎賓館を自宅にしているハワードの意向だろう)
風向きが良くありません.
四期持ちこたえたハワードは
指導者としての人気も高かったのに,
この半年の変わりようはなんなのかしら.
彼の始めたWorkChioce(個人契約を勧めるもので、雇用主に有利に働くことが多い)
は、社会の下層部に影響を与え始めています。
週末や時間外のシフト労働で
今までは特別付加分をもらえたのに,
そこから削られてきているようです.
雇用主団体がテレビコマーシャルでWorkChoiceを応援するのも
裏目に出ているのじゃないか。
だって、この政策が誰に有利だかもろわかりだもの。
大体なんなの,あのコマーシャルは?
組合代表が
まるでギャングのように
恐れおののく職場を
訪問(恐喝?)するわけないじゃん。
組合員である職場のスタッフの要請で
来るわけなのだから.
私が決定的に「ああ、コレはダメだ」と思ったのは,
ハワードがキリビリ宅で、
一人当たり8250ドルの会費の
講演会を開いたことをすっぱ抜かれた時です.
いったいだーれが
80万円もの会費を払って
二時間の講演を聴くわけ?
200人だったか、2000人だったかが集まったそうですが、
この額が年収の人もたくさんいるのだ。
彼が誰の側についているかを明白に示すニュースでした.
うちの旦那ちゃんは,
今アメリカの「イラク戦争反対派」の力が強まっているので
ブッシュのお尻を追いかけるハワードとか
安部さんとかが
引き摺り下ろされているのではないかという,
「アメリカ反イラク派陰謀説」を掲げています.
意外とそうかも知れません.
春爛漫のキャンベラです。
14 September 2007
[134]
「直接的利益と間接的恩恵
The meaning of being generous」
昨日の日曜日の朝、募金活動に行ってきました.
「白血病協会Leukemia Foundation」からの依頼を引き受けたのです。
キリスト教社会の奉仕の精神なのかしら
それともオージーのFair Goが関係しているのか
非営利団体の募金依頼は日常的に見かけます.
赤十字とかSIDSとかLifelineとか、
電話や封書で来る時もあるし,
新聞の折込やテレビCMで募金を募ったり、
ポストに直接パンフレットが入っていることもあります.
今回のは,白血病協会の年一回の全国募金運動の一環のようで
ボランティアを引き受けると、
早速募金期間と担当区域(といっても自分の住んでいる通りだけ)の
説明の手紙が到着し、
ボランティア証や送金方法まで分かり易くかかれていました.
皆が在宅する確率の一番高い日曜日の朝を狙って訪問募金を募ったのですが
驚きました!
約八割の人が快く募金に応じてくれるのです.
それも、一ドルとか二ドルだけではなくて、
五ドル札や十ドル札まで出してくる人もいて,
その気前のよさに感動しました.
(注:2ドル以上の募金は税金免除の特典がある)
日本の赤い羽根募金やら足長おじさん募金やら
街頭でやっていますが
千円入れる人がいますか?
庭好きのおうちでは庭の話を,家を改装中のところでは家の話,
はたまた来世の話やら
(その頃は治療法がなくて)白血病を助けられなかった家族の話など
盛りだくさんで話し込み,
うちの通りは片側しか家がないのにかかわらず
2時間もかかってしまいました.
私は現金しか扱いませんでしたが,
クレジットカードでも
チェックでも銀行振込でも募金できます.
キャンベラタイムズに訃報が掲載されるのですが、
お葬式の時に参列者がお花を持ち寄るかわりに、
遺族が非営利ボランティア団体を指定し、
献花なしで
募金をしてもらう人たちがちらほら出ています.
日本での母の葬式で
かかるお金の額(家族の側ももちろんそうですが
参列者もお金を包まくてはならない)に唖然としましたが、
お金をかけなくても
できることはたくさんあるし、
家と葬儀と仏壇と寺の間をぐるぐる回るお金を
何かもう少し
直接自分達のためにはならないとしても
社会で間接的に役立つように使えないものかと
考えてしまったのでした.
30 July, 2007記
[133]
「〜風の偽物」
日本滞在記 三
昨年奈良のユースホステルに泊まった時に、同室のスイス人が言った言葉が印象に残っています. 「日本のパン屋のパンは、フランス風を気取っているpretentious
Frenchだね。本物とは全然違うもの. 時々耐えられなくなる。」彼女はフランス語圏の女性でした.
今回日本に滞在して感じたのは、町にあふれる洋風のものはpretentious/fakeであって、本物とはかけ離れているということです。西洋に対する強い憧れは感じられるのですが、それが表面的に終わっているように見えました. 真似しているのは、家とか服装とか持ち物など、目に見えるものであることが多いのだけど、西洋の文化の根元を形作る、一番魅力的なものは真似していないみたいでした.
「人生は楽しむものである」とか、「私は私の意見を表明する権利があって、自分達で社会を作り上げていくのだ」という民主主義の理念とかは「滅私奉公」とその苦しさを紛らわす消費主義の影に隠れているように見えました.
20 June, 2007記
[132]
「マスメディアの目線」
日本滞在記 二
「わーい、周りがみんな日本語だ. なんてラクなんだ。意識しなくても全てわかるぞ。」と初めは喜んでいたのですが、がっかりさせてくれたのは新聞・雑誌・テレビなどのマスメディアです。
テレビの番組、特にバラエティー番組がだらだらと質の悪い垂れ流しをしているのは以前からですが、またさらに低俗化しているようでした。 出演者の受け答えも当り障りのないうけねらいで、コメントも精彩を欠き、面白くもなんともありません. 時間だけは長く続きます. 製作側もそれで見てくれるから、こんなもんでいいと思って作っているのでしょう.
ああ、そういえば「風雲たけし城」ばりのものは、中国人たちにうけているようで、字幕をつけた日本の番組のリバイバルがよく中国人レストランなどで流れています. 従業員が暇な時に「だらーっ」と見ているようですが(客のためにつけているとは思われない)忙しい合間の息抜きに使われているようです.
日本では病院と家をいったり来たりしている生活で、テレビを見る時間はなさそうなのですが、別に他のお役目が特にあるわけでもないので意外と時間がありました。 手持ち無沙汰でテレビをつける度に「ああ、たっるーい」という思いがよぎりました。視聴者を馬鹿にしているのかしらん. 病院の待合室などでも、人がいない時を見計らってテレビを消すのですが、次の人が入ってくるとすぐつけられてしまいます.
じゃあ、ニュース番組はましかと思って見てみたら、驚きました! 民放は押しなべてワイドショーの延長のような番組運びになっているのです. 政治や社会を冷静に報道する機関とは思えませんでした. どうでもいい個人のことをドラマ仕立てで根掘り葉掘り追いかけるか、あるいはいったん悪者にされたものを攻撃するのは安全なので、しつこくたたくこと、たたくこと。弱者攻撃と内向きな報道姿勢は驚きあきれるものでした. 肝心な「たたくならできるだけ大物をたたく」「今の社会を住みよくする方向で報道する」という姿勢は弱まっているようにみえました。
それで結局、BSとNHKのニュースを見ていたくらいでしたが、「それでは新聞を読もう」と思い、実家でとっていた朝日新聞に毎日目を通していたのですが、うんざりすること! 何がかというと、視点が暗いのが目に付きました。悲観主義なのかしら. もっと希望をもてる大きな世界観を持って論じてほしい. 私たちは明日に向かって生きているのだぞ. 書き手は何を読者に伝えたいか、大きなビジョンがあるのだろうか. 現体制がしく政治は、経済を含め生活のあらゆる部分に影響を及ぼすのだから、皆が暮らし易い方向に改善されるような、常に前向きな問題提起と現状分析が必要なのですが、分析の展開が分かりづらくて主張が弱く、それなのに表現はしかめつらしく読みにくかった. 唯一人間を感じられたのは、水曜日だったかな、後は日曜日にもあったと思う、ある人の姿や人生を追った別版で入っていたものが面白く、人間の息遣いを感じられました.
さてさて、今日はキャンベラタイムズの土曜日版の宅配日だ。土曜日版は週で一番充実しているので読み応えがある. 首相のジョン君の風刺画も卓越だし、分析も分かり易い. 漢字に弱い私としては、26文字のアルファベットで事足りるのもありがたい. 2ドルで行う週末の頭の体操を始めよう。
9 June, 2007記
[131]
「普通と言う名の呪縛」
日本滞在記 一
母が亡くなったのでしばらく日本に帰っておりました.
まとまった時間を日本で過ごしたのは、かれこれ7年ぶりですか...
色々と思うことがあったので、日本滞在記として記しておきます。
「普通」の縛りが強すぎて、違和感が大きかったこと. この印象はしっかり刻み付けられました. 自分で考えてどうしたいか、ではなく、「普通は(皆さんは・常識では・この辺では)どうすることになっているか」が、先行するようです。日本人をその気にさせたかったら「皆さんそうしてらっしゃいますよ」が一番効果的だと聞きましたが、そのとおりみたいですね。大半の常識やら伝統は、時代時代で変化していき、都合により新規に作り出されもするもので、多くがそれで得する層に利用されていると言うからくりの認識が薄いようでした.
私に対して兄が「御前のその考え方がおかしい」とか「非常識だ」と言うのを聞いて、怒り心頭だったのですが、だいたいどのような傲慢さをもって、大の大人に対してこういうものを言うのでしょうか. 彼がそういう言葉を吐いたのは、自分の既得権(だと本人が思っている)を揺るがす物言いを私がしたからなのですが、そんなもん、私は私の意見を言う権利があるし、意見が違っていようが、「話し合い」というものがあるでしょう。違う意見が見せてくれる違う世界はそれはそれは貴重なものです. 彼の余裕のなさと違うものを排除しようとする狭量さは、「普通」の幅の狭さを物語っていました.
母の死が教えてくれたのは、確固とした意志をもって家族に死後の身の振り方(葬式・墓地・仏壇など)を伝えておかないと、「普通」や「常識」にのっとってことが運ばれてしまうと言うこと. 自分の人生で選択したいことは、とても強い意志表示をしておかないと流されてしまうと言うことです.
とこういうことをつらつら考えていて、キャンベラに帰ってくると、何といいますか、自由な空気にかこまれてすっかり暗くなった気持ちが吹っ飛んでいきます.
先日ジェニーが訪ねてきて、彼女が看取ったお母さんの話をしていたのですが、とても素敵でした. お母さんは最後までキャンベラに住んでいて、ジェニーと弟が交代で面倒を見ていました. 晩年はジェニーのお隣を弟が買い取って、車椅子用に改装してお母さんを住まわせていました。
お母さんが亡くなった時、子ども達は葬式や墓地はなしにして、お骨ashesを子ども3人分に3等分しました。お母さんは、生前から自分が死んだらどうしてほしいか、を繰り返し子ども達に伝えていたそうです.
「それで、あなたの分のashesはどうしたの?」と私が訪ねると、ジェニーは、
「ふふふ。うちの椿の根元に埋めたわ. 弟が彼の分をどうしたかは聞いてないからしらないわ。」といいました。お母さんの唯一の財産の家を2年かかって掃除して、売ったお金はこれまた3等分したそうです.
その遺産ですが、溜め込まずにジェニーはせっせと消費しています。「お金なんてね、たかがお金なんだから」とインディアンの酋長の言葉を家の入り口に掲げる彼女は、eco-friendlyをめざして、二重窓に太陽温熱器、壁の断熱材に屋根の雨水をためる巨大水タンク、はては屋根の電気パネルまで注文する勢いです.「ハイブリッドカーもほしいわね. お金が足りないか.」という彼女に,
「でも、経済的じゃないんじゃない」と畳み掛けると、
「べつに元なんか取れなくてもいいのよ. 地球の資源を使い尽くしている人間が、すこしは被害を小さくできるのがいいじゃないの.正しいことをするのは気持ちがいいのよ.」とこたえます。お母さんの使っていたシーツや毛布に包まって、彼女なりに母をしのんでいるようです.
そのインディアン酋長の言葉を記しておきます.
Only when the last tree has died,
And the last river has been poisoned,
And the last fish has been caught,
Will we realise that we cannot EAT MONEY.
A Cree
Indian saying
私も死んだらどうしてほしいかを含めて、遺言Willを作成しようと思案中です。とりあえず、NEWSAGENCYでWill Packを買ってきて読んでいるところです.
Where there is a will, there is a way.
28 May, 2007記
[130]
「愛国心」
今日はキャンベラデーの休日でしたので、雨の中、各地区でイベントが催されたようです. 貴重な一人の時間を満喫すべく、シティに新しく出来たキャンベラセンターの新ウィングの映画館DENDY初めて行ってきました.「硫黄島からの手紙」を上映しているのはキャンベラではここだけです.
志しあるオーナーが30年以上続けてきたシティの映画館Electric Shadowは、小規模ながら各国の上質の映画を選んで上映することで知られていました。先日閉館したそのシネマの後を継ぐといわれるのがDENDYです。House
of quality Cinemaと入り口に銘打っていました.
シティ中央の古いビルを取り壊し,青空駐車場を削って大型のショッピングエリアを作り出したキャンベラセンターは、お洒落な都市空間を作り出しています. 大都市資本を呼び込み、全国フランチャイズの店店が華やかな軒を連ねています。
一階と二階がショップ、三階にDENDYと駐車場があります。映画館内部は七つの小部屋に分かれています。「硫黄島からの手紙」を上映しているのは100名ほどの収容人数の部屋で、音響も充分でした.
お客さんの数は35名ほどだったでしょうか. 一人で観にに来る人も,連れ立って観に来る人もいましたが,アジア人らしき人は私以外は年配の男性一人のみでした.
クリントイーストウッド監督作で、アカデミー賞候補、キャンベラタイムズの映画評も星三つ半でしたので、前評判は上々です.
全篇日本語で英語字幕付き、と言うのが現実感を盛り上げました.「小百合」などでは、「京都の芸者が英語でしゃべる」といった奇妙な場面が鼻につきますが、「硫黄島」は、日本人メンタリティが言葉とともにリアリティを持って迫ってきます. 渡辺謙演じる上官と下士官が大声で言い合いをする場面で、隣のオージー女性はビクッと小さく飛び上がって驚いていました. ああいうねめつけて怒鳴りつける軍隊調の発声法はこちらではお目にかかりません.
よくできている映画だと思います. 何を一番強く思ったかと言うと、もちろん戦争と言うもののおぞましさや、国民どころか軍内の兵士をも欺く大本営の欺瞞もさることながら、有無を言わせぬ強制された愛国心と、組織への全人格的服従に対する不快感が、自身の経験とともによみがえってきたのです.
日の丸を家の前に揚げていないばかりに非国民と呼ばれ、家にいた犬を殺されてしまった家族の場面がありましたが、いまでも変わっていないでしょう? 「愛国心」を教育現場に持ち込み、日の丸に起立しない教員には処罰をちらつかせる...脅しと強制の愛国心なんて意味があるのでしょうか.
赤紙が届いた夫(二宮和也)に対して「おめでとうございます」と配達人に同行した地域の夫人団代表が言う所などほとんどコミカルに映ったほどです. 残される妻が異議を唱えるのを全く許さない締め付ける空気がありました.
映画を見ながら日本的メンタリティに入り込んでしまったので、映画が終わって外に出ても意識が異空間に取り残されたまま、しばし呆然と町を歩いていました.
19 March, 2007記
[129]
「If it didn't kill you, it makes you stronger.
N君のその後」
先日N君がワインとチョコレートを持って訪ねてきました.
「金賞受賞」のラベルのある上質の白ワインで、吟味して選んだ様子が垣間見えました. 彼からの「ありがとう」のしるしです.
娘の時間外ケアOutside School Hours CareのスタッフだったN君が、経営不振の責任を負わされて昨年6月に解雇された事件はらくがき(122)に書いたとおりです.
そのまま突然解雇の手当金もなく、葬り去られそうになりましたが、N君はIndustrial
Relationsに不当解雇を提訴し,「情報開示請求権freedom of information」を使って,
1)当時の二人のディレクタ―の二枚舌ぶり、と
2)解雇の陰で不当な動きをして解雇決定をさせたAさん(P&Cの委員)の行動
を暴き出したのです。
権力・決定権のある人に、ない人が戦いを挑むには、それなりの下準備が必要です.当時解雇理由を探して下工作していたディレクターは,「Nは最高の仕事をしている」とNにテキストメールを打ちながらも,同時進行で解雇策を練っていました。その二枚舌ぶりがIndustrial
Relationsでの不当解雇を解決する会合で表に出てきたのです.N君はメールの記録を持っていました.
アフタースクールで盗難さわぎがあった折、警察に連絡して「Nが怪しい」と事情聴取させたのも、首切り決定会議を徴集した(一票差で解雇が決定,解雇通告手紙は事前に準備されていた)のもAさんだったと、情報開示でわかってきました。
このやり取りを聞いていたIR調停役は、「N君に三ヶ月分の給料を支払いなさい.」と、即刻命じたそうです.
ディレクターのCさんの産休中にN君が代役(Acting Assistant Director)を勤めて大幅な黒字を稼ぎ出したのですが、その後Cさんが復帰し対立が悪化、N君を首にしてからは参加児童の減少が続き,とうとう9ヶ月で赤字に転落してしまいました。監督役のP&Cも赤字に気が付かず,Cさんのご機嫌伺いをするばかりです。N君を首にした後は、責任を明確にすることもなく、昨年4学期からケアを外部委託(YWCA)してしまいました。
ここまででも充分レベルの低いあきれる話なのですが,さらに低下していくのに私も巻き込まれていったのです。
4学期からYWCAの経営が開始しても,ディレクターが決まりません.なり手がないのです.給料が安くて,勤務条件の良くない(朝1.5時間、夕方3時間半勤務)ケアラー職は,万年人手不足です.仕方がないのでYWCAは、18歳で一年程度のケアラーの経験しかないNBを代役にたてました。資格も年齢も仕事に満たないので、監督官庁に特別の許可を発行してもらったのです。
娘は継続してケアに行っていますから,私も迎えに行ったり話をしたりして関わります.ある日机の上に「通信ノートCommunication Book」なるものがあるのが目にとまり、早速書き込みをしました.
どうして正規のディレクターがまだ決まらないのか?
N君が応募したのに面接もしないのはなぜか?
N君を雇わないつもりなら,N君と同等か、それ以上に
有能で、人望があり,資格経験があるケアラーが雇われているはずだが,
新スタッフの中にそのような人がいないのはなぜか?
というものでしたが、私が書き込みをするのを見ていたのはNBだけでした。
その後ディレクターが決まり、しばらくたったある日、気が付いたのです.「通信ノート」の私の書き込み部分に紙が張られていることを. 怒り心頭で、やってきたばかりの新しいディレクター(21歳、大学2年生)に噛み付いたのです.「親の意見を踏みにじるとは何事か.あんたがやったのか」「それはちがう。私ではない.でもこんなことが起こってすまないと思う.」と言ったのです. 彼女は何も知らないようでした。
その週の木曜日夕方に次のような手紙を通信ノートに貼り付けてから騒ぎが広まりました.
To the staff members,
I have spotted a despicable act of a staff member the other day.
In the communication notebook, a parent had written a comment in the first
page. Someone had covered the comments with a sheet of paper, stapled ontop
and bottom so that no one can read it. It is an intentional act to suppress
a parent's comment, because it is unfavourable to the person who stapledit.
The parent speak about NY, a former carer, who is so fantastic that he won
the Children's Week Award. It is a shared feeling among many parents that
sacking NY was a great loss to the children and program hasn't recoveredever
since. We pay more now, we even pay $50 extra dollars for deposit, forless
quality service.
It is an irony that he was not good enough for YWCA to even interview for
the carer's job, yes we all know that he applied to the jobs. Current students'
attendance is staggering to the half of when NY was working as acting Director.
He is so effective a person to push up the numbers of attendance.
I will staple and glue this sheet into the communication notebook for everyone
to see, and I'd expect it to stay there, I do NOT expect it to misteriously
disappear.
I'd expect that YWCA will investigate the matter and deal with the person.
I'll wait for the report.
この手紙を同時にYWCAの担当二人に送ったところ、ノートを回収するのの早かったこと!金曜日の朝にはYWCAの担当がノートを「捜査」名目で運び去りました.公衆の目に触れさせたくなかったのです.
週明けの月曜日に、NBが「郵便受け」に入っていたという私宛の手紙を運んできました.開けてびっくり, 匿名の誹謗中傷手紙だったのです.
内容があまりにも低俗なので、ここには本文は載せませんが、私のことを「No Brainer能無し」、N君のことはめちゃくちゃに事実を捻じ曲げmanipulateて誹謗した後に「psychopath精神病質者」とこきおろしていました。
彼を名指しであまりにもひどくかかれてあったので,N君に連絡して手紙を見せた所,その場では強がっていましたが,うちに帰って読み返して泣いたそうです.
それからがもっと悪質になっていったのです.
その週の金曜日に、P&Cの委員宅,ケアに子どもを預けている親宛、地域民,N君の勤務先3箇所にその手紙が届けられたのです.もちろん挑戦として,N君宅にも。「あんたがやったことはこうなのよ。Did
you know what you really did?」とメモが添えられていたそうです。
学校関係者の自宅に手紙を送るのは意外と容易ではないのです.
日本のように連絡網がないので,クラスメートに連絡するのも自分達で聞きあいます.もちろん先生の自宅なんて知りません. 手紙を受け取った人の中には電話帳に名前を載せていない人も数名いました.
この人物が親達の自宅に郵便として手紙を出せたと言うことは,以下の三グループに属する人に限定されます.
1) 学校のスタッフ(学内住所録にアクセスできる)
2) YWCAのスタッフ (同上. 奥の倉庫に書類が保管してある)
3) P&Cの幹部 (同上)
かつ、中傷手紙は明らかに「通信ノート」を事前に読んだ人のレスポンスですから、木曜日五時半以降金曜日朝YWCAの担当がノートを回収するまでのほんの1-2時間に絞り込まれます.
これねぇ、絞り込むのは簡単なのですが,三者とも「知らぬ存ぜぬ」を決め込みます. 校長に手紙を添えて話しに行っても、「気の毒だが、匿名手紙には為す手がない」で、知らん顔ですし, P&Cも同上、YWCAが一番質が悪く、「YWCAは一切関わりがない. 我々からの手紙にはYWCAのレターヘッドが使ってあるはずだ.私たちは職員を信頼しているし,スタッフには相応の敬意を表していただきたい.苦情などは通信ノートに書かずに,直接YWCA本部宛に送付願いたい.」と、こちらを悪く言うばかり。頭に来て、教育委員会の責任者や,YWCAの責任者にも手紙を書きましたが, やはり知らん顔ですねェ. だってね、犯人を挙げればその組織が責任を問われるでしょう. 逃げの一手です.
校長の****も、自分のやっていることが分かっているのかしらん。N君の次の職場に電話して「Nを雇わないように」と言ったとか.仲間の気転と見る目がある雇い主のおかげで二箇所とも首がつながりましたが, やる気のある若者の未来をつぶす気なのだろうか。
次の手紙は,P&C代表に当てて書いた手紙の一つなのですが,YWCAにも、校長の****にも、教育委員会責任者にも送った,N君の弁護士お気に入りの手紙です.
15 December 2006
P&C Vice President
Dear S,
I am responding to your letter of 7 December 2006. It is my great disappointment
that you failed to apologize and acknowledge the unauthorized use of students’
confidential addresses to circulate anonymous degrading letter against NY
and myself. As I stated in the previous letter, there were only three possibilities
from which the confidential information were obtained: Macquarie PrimarySchool
staffs, YWCA staffs or P& C executives. Not a single group hasyet tosend
me apology.
I am one of the few parents who have been using the service before and after
the change of management this October, and I should say that I am not impressed
to see the continuous deterioration of the program after N was fired. AsYWCA
decided not to interview N for the assistant director nor for the carer’s
job, I expected to see better qualified and more experienced staffs thanN,
but none had appeared. I yet hoped for the improvement somehow, but haven’t
seen so far.
It surprised me when my daughter said the other day, ’ Mummy, it’s
boring. It’s a waste of money,’ referring to the YWCA after school
care. She had been to after school care for the last five years, and hadnever
said such things, she used to ask me to pick her up as late as possible.
I asked another student who goes to after school care, who responded “It’s
not fun anymore like before.” Another parent said to me, “It’s
crap.” Another parent said, “There is nothing to comment about.
We’ll do without next year.” Another parent said, “It is
not good. N was the only sane one. I only send my kid because I need to.”
5 out of 5 didn’t have positive comments.
I’d also have to report that the afternoon tea served in the afterschool
care are often not balanced. There are lots of innovative still tastydishes
they can make with balanced diet in mind, if they bother to do that.Repetitive
use of cut apples (not in season in the middle of summer) andoranges, boiled
Singapore noodle with hot sour sauce, gooey cheese toast,are not recommended.
My daughter, who’s got a good appetite but balanceddiet in mind, barely
touches the dishes these days, she says.
If you’d like to reiterates your support for the YWCA’s management
of the program, please bother to do the research how it is run in the actual
setting.
There was a Macquarie School Christmas Carol Performance yesterday, and I
spotted N. He went to speak to number of parents, soon surrounded by children
and started playing with them happily. Even after being fired, he bothers
to be involved in the community. He had served 6 and half long years as a
carers of children after all. I nearly apologized to him on behalf of you,
for the blame and bad treatment he had been given by P & C. Childrenobviously
did not come first when you made decision to fire N.
School Age Care has great potential to boost Macquarie Primary School. Many
working parents, myself included, look for the good out-of-school-hour service
we require for our children. I chose Macquarie because of before and after
school care. So it is such a great disappointment that the service is not
doing up to their potential.
It is for our children the school exists. They come first, nothing else.
Regards,
Akiko Kono
アフタースクールの児童数は年末に向けてどんどん減少し,赤字を続けました.NBが去り,やってきたばかりのディレクターも辞め...どれだけの職員が定着するかがその組織の健康度を示すバロメータであるのでしょうが、ひどいもんですね。
N君は今年度はベルコーネンの北部のガンガーリン地区でアフタースクールケアを担当するそうです.友人のつても使えたのですが,それはせずに正々堂々と自分で面接を受けて、面接担当者を感心させ,その場で採用が決まりました. 面接担当者は「最高の人材を確保したわ!」と、喜びのダンスを踊っていたそうです. 若くて元気一杯のN君は、ほかにも三つほど職を掛け持ちし,「自分の家を買うぞ!」とはりきっています。
さて、一つ面白い話.
今年一杯で隣のクック小学校が閉校になるので,それを見越して今年はクック小学校から多数の児童が編入してくることが予想されます。ということは、新年度は教員確保から時間割,教室確保にクラスの組み方まで混乱します。大変になるのが分かっているので校長の****は高飛び!を企てました。近隣のF小学校の新校長に応募してさっさとそっちに収まったのです.
それを聞いたN君。先週の新年初日のF小学校の職員室に、偽ひげをつけて紛れ込み(彼は知り合いネットワークが広い)、****が入ってきた所で,「Hi,****!How
are you?」とやったのです。
彼女は口をあんぐりあけて驚愕し,真っ赤になって、そのまま部屋から立ち去ったとのこと. 転んでもただでは起きないN君らしいです。
権力の上にあぐらをかいている者は、足をすくわれよ。
4 February 2007記
[128]
「出会える確率」
週末にMagnet Martで買い物している時、ウィンニュースのキャスター、ピーター・レノーに出くわしました。オフと言うことで、ポロシャツに短パン姿の彼が、脚立に乗って種の棚に手を伸ばしている所で気が付いたのです。ミーハーの私はうれしくてつい話し掛けてしまいました。彼は円熟のスマートなおじさんなので、いやな顔もせず、ソフトな声でお話してくれました。
グリフィン湖畔で、ハワード首相と握手した話題は以前書いたと思いますが、ACT知事(Chief Minister)のスタンホープは、(地位のある人としては珍しく)ベルコーネン地区に住んでいるので、出会う確率が高いです。「Hello,
Jon!」と、声をかけると、(政治家ですから)にっこりしてもらえます。
今時分は、「メルボルンに住んでもいいなあ」と毎年思ってしまう時期です。もちろんテニスのオーストラリア・オープンがお目当てです。メルボルンはキャンベラからはちょっと遠いので,相当気合を入れない限りは、混雑するこの時期は二の足を踏んでしまいますが、「オープン中にフェデラーと出会えるかもしれない」と夢見てしまうのです(彼らは外食するのだろうか?)。品と風格のある彼の試合は、力でねじ伏せるのとは対極にあってアートしているので,オージーフットボールみたいにマッチョで腕力勝負の力技だけでないからいい感じです。(私はボールの行方を力で捻じ曲げるナダールのプレーは余り好きではありません.)
でもメルボルンは、キャンベラの10倍以上の「都市」だから、一時滞在で出会える確率は低いぞぉ。でも行きたいなぁ。
25January 2007 記
[127]
「夏休みの過ごし方」
ああ、また一週間たってしまった。
一月八日ともなると、店は大半が開いてるね。
資本主義バリバリのアメリカ化がここでも進んでいるみたいで、
先週の二日から開いてる店も結構あったなぁ。
豪快に一月まとめて休む業種は少なくなりました。
クリスマス直前の23日にチェックアップをしてもらっった愛車は、片道12時間900キロのコーストの旅から帰ったら、長旅に嫌気が差しちゃったみたいです。車庫に入れる直前でウンともすんとも言わなくなってしまった。おんなじ修理屋さんに牽引していったのだけれど、二日から営業しているなんて、仕事中毒なのかしらん。彼は「仕事のやりすぎて、いやだいやだ。早く休みたい。」と、心底疲れきった顔をしていたのに、やっぱり二日には開けちゃうのねー。シフトもボスもない、完全自営業だから、休もうと思えば休めるだろうに。お金には困ってないと思うよ、今回の半日仕事に労賃だけで300ドルも請求されたもん。もう一週間休めばいいじゃん。待つからさー.
公務員は12月後半から一月中全部、半分眠ってるみたい。この時期には担当者もいなかったりで、もちろん連携や連絡の悪いオーストラリアのことだから、メッセージを残しても無駄。2月まで待ちましょう。
それにしても、小学校(公立)の新学年の始まり方の違いが大きいのにはびっくりさせられてしまう。大半は一月末(30日)に始まるのだけれど、ACTは2月第二週の5日、タスマニアに到っては、2月15日だもん。うちの娘は「うわあ、こんなに休みが長いの? タスマニアに引っ越したい!」と申しておりました。まね、タスマニアは雨が降るから、住むにはいいかもしれないけどね。
夏休みに集中してやれるのは、読書かなあ。子ども達が金切り声をあげて喧嘩をはじめたら中断されちゃうけど。日本語の本がまとめておいてあるベルコーネンの図書館はすぐそこだから、便利だね。出向くことが出来なければ、インターネットでも電話でもとりおきできるし、体が不自由ならばボランティアが宅配してくれます。遠視用の大きな文字の蔵書(特に小説)も豊富だし、インターネット(要予約)はつかえるし、DVDも借りられるし見られるし...でも一押しはインターライブラリーですかね。ACTにある図書館のどこからでも希望の図書が希望図書館に送られてくるシステムです。インターネットで検索をかけて、運良く本が見つかったら、自分のカード番号と暗証番号を入れ、「ベルコーネンに送ってね」と入力すれば2-3日中には届いて取り置きしてあります。
最近入った日本語の本は、面白いのが多いような気がする。選ぶ人が変わったのかな?前は寄贈本が大半のような感じがしたけど。中島はるか?だったかな?さんの3億円事件と絡めた「初恋」もおもしろかった。
岡田尊司さんの「脳内汚染」なんかも、そうじゃないかなーと思っていたことが、データを分析して、順序だてて説明してあったのでとてもよく分かりました。メディア(特に中毒度の高いテレビゲーム)が未発達の脳に与える影響が述べられているのですけど、説得力がありました。
好きな時間にピアノが練習できるのも休みの特権かな。娘の驚異的な進歩にはどうしたって追いつかないのだけれど、自分の指が奏でる音のハーモニーは聞いてて気持ちいい! 「いい年をして、無理無理、やめときなさい。」なんて、つまんないことをいう人もいないしね。
オーストラリアン・オープンの前哨戦のテニスもぼちぼち始まったし、こちらも見逃せない。コマーシャルなんかなしで放映してほしいなぁ。あれを見だすと、他に何も出来なくなってしまうのが辛い所。
人間は時間があると、やりたいことをやるので、やらなきゃいかんことは後回しになってしまいます。新学期の準備?してる暇ありません。ひゃっはっはっ!!
新しいデジカメのアップロードの仕方は、近々勉強します。
8 January 2007記
[126]
「政治家の顔」がはっきり見えるか?
キャンベラの丘の上で、またまた大きな転換が見られました. 二大政党の野党、労働党の党首が変わったのです. 新しい党首のケビン君は、インテリでソフトな話口ながらはっきりした主義をもち、はやくも前党首キム君とは、かなり違った印象を出しています. 新年度からの議会は、活性化して面白くなることを期待しています.
私が個人的にもっとも注目しているのは、与党が進めるアメリカ型個人契約法WorkChoiceをどこまで労働党が切り崩せるかです。両院で自由党が多数を制する現状では難しいものがありますが、「のんびりゆったりFairGo」のオーストラリアが、「強きにやさしい競争主義」のアメリカ型に取り込まれていくのを見るのは残念なことですので、ポジティブな議論を期待します.
キャンベラ地方政治で大きな話題となっているのは、公立学校の閉鎖統合です。知事Chief Ministerジョン君の方針でうちだされた、39校(プリスクール22、小学校15、高校1、コレッジ1)削減案の6ヶ月の検討・陳情期間が過ぎ、今週水曜日にどの学校が閉鎖されるかの結果が出されます.
これってかなりびっくりする数の閉鎖(全体の四分の一)を突然出されたように聞かされるのですが,そうなんですかね?検討期間は短すぎるとは思いますが,現状で三分の一の生徒が私立を選択する中、各サバーブに公立小学校とプリスクール一つずつ(全員公立に収容できる体制)はかなり贅沢に思えます. 小学校よりも,プリスクール(義務教育ではない,別校舎)の閉鎖がメインでしょ? プリスクール(4歳児学校)は働く両親には全く適していないので(週2-3日、一日4-6時間で週12時間のみ、小学校のアフタースクールには行けない)、生徒数は減少しています. うちの娘も,公立のプリスクールに行かせたかったけど、あの時間帯では全然無理です。別に行かせんでもいいしね...まだ4歳だもん。
うちの周りには歩いていける所だけで小学校が四つ(公立3、私立1)あります。これはDreamComeTrueでうれしいことではありますが、経済的ではないでしょうね. 親が小学校に車で送り迎えは当たり前の現状で,「歩ける距離」の学校を保持するのは難しいと言えます.
全豪の政治も,ACTの地方政治も,議会の絶対多数に支えられて,与党が推進するやり方がガンガン進められます.リーダーの顔も主張もはっきり見えるのですから,イヤだったら与党に投票しなければいいのだ. 選ぶのは一般オージーなんだから. 対抗意見を出せる強い野党を皆さんが選ぶのを期待します.
10 December 2006記
[125]
「疲れちゃったから休みます」宣言
いやあ、らくがきを二ヶ月もサボっちゃいました。
足を取られることが三つほど重なり, 更新できなかったのです。あははは、言い訳ですね。
二年半ぶりに日本に行ってきました。10月の休暇を利用した、16日間の「高校生ツアー」です。オーガナイズを全て一人でこなしたので、立案からメンバー集め、お金の計算にオリエンテーション、実際の添乗まで、たくさんたくさんお仕事しました! ノウハウが学べてそれはそれでよかったのですが、やはり若い頃のように回復が早くなく、体調を崩して引きずってしまいました。
うちの生徒たちのキラキラ光る瞳とまぶしい笑顔が日本のホームステイ家庭には印象的だったようで、ホスト役の彼らを逆に元気付けていたようです.
キャンベラに帰ってすぐに4学期です。前学期から読み込んできた日本語劇「泣いた赤おに」を舞台に仕上げるべく、毎授業「練習」です.10年生を叱咤激励しながらリハーサルを三週間続け、ついに先週末Spring
Fairで上演することが出来ました!
日本語はやはり、どんなに習っていても馴染みが薄いので、お客さんの集まりはいいとはいえなかったのですが、他に出しても恥ずかしくないとてもよい仕上がりで、キャストの子ども達も自分で満足いったようで、終了後の舞台挨拶ではいい顔をしており、クラスメートや家族に囲まれて晴れやかな顔をしていました.
リハーサルの間に足を痛めてしまって松葉杖状態になり、医者に行ったり、ultrasoud(超音波撮影)や、physiotherapyに通ったりと、舞台監督どころか、普段の授業もままならないようになってしまいましたが、そこは無理して仕事を続け(学校側は休めと言ったのよん)大道具だの衣装だのを旦那に手伝ってもらって、ぎりぎりまでかかって仕上げました.
今週はハイスクールはみんなキャンプに出かけています。従って、担任その他メインの人は出払っています。数少ないハイスクール居残り組として、厳密にいうと、自分の授業のない分、出勤してキャンプに出かけた同僚の小学校の授業を肩代わりしなくてはいけないのでしょうが、そこは仕事で無理した分、休ませてもらいますとも。学校側に手紙を書き、一方的に宣言をして今週はお休みです。
だってねー、充電しなきゃ、元気にならないじゃん。疲れていたら人間オーラも薄くなっちゃうし、発想も弱くなって、インスピレーションも沸かないし、いいことないじゃん。
日本で仕事していた頃は、体調が悪くなった時、「療養休暇」を取ろうとするたびにじゃまされて気分が悪かったもんだ。「年休(一年に付き20日の個人的お休み)」を取ったって、結局授業を他日に振り替えるだけで、自分で自分をカバーしなきゃならなかったし。こんなんじゃ、疲れちゃって生きる力が弱くなるわけだ。電車で見かけた日本人の顔顔は、押しなべて不機嫌でお疲れのようでしたよ.
というわけで、今週は静かにしています。元気になるかな?
7 November 2006記
[124]
紀子さんのお子ちゃま騒ぎをオーストラリアから眺めていて「はぁーっ」と、ため息が出ました.「やっぱ、変わらんのね」と。
キャンベラタイムズ紙上に,帝王切開予定日の前日、関連記事が載っていました.かなり正確に調べている記事で、半面ほど紙面を割いて詳細を記していました。それに、「日本の皇室に男子誕生」のニュースは,こちらの夕方の全国ニュースでも流れていたので,次の日に職場でどのくらい認識があるか、試してみました.
日本に関心がない人は除いて,日本の子供たちのホストをしてきたり、日本語を勉強しているFさん、Jさん、Bさんに聞いてみました.
「男の子だったみたいね。」と話し掛けると,「???」と分からない様子.説明すると、「じゃあ、法律改正は見送りね.残念残念.でも彼女もほっとしているでしょ.」という返事は良い方で,内二人は皇太子妃の雅子さんの子どもなのだと思っていたのでした.
お子ちゃま誕生は喜ばしいことなのですが,雅子さんの気持ちは、そんなに「うれしいわぁ」と、単純でないとおもいますがね。
これでまた「女がなれない職業リスト」は短くならないわけ.見えない壁が一杯あって,「ガラスの天井」にぶつかっては、女は苦虫をかみ締めるわけだけど,この場合はガラスじゃなくてばっちり壁があるんだから。
8 September, 2006記
[123]
オーストラリアのテレビ局は公営が二局(ABCとSBS)、民放が三局あります。最近ABCとSBSの魅力に目覚めてはまっています。
世界各国のニュースを常時放映しているのがSBS放送.暇な時につけて、分かりもせんのにどっかの国のニュースを眺めていたりするのも楽しいものです.アルファベット語の国なら、知ったような単語が混じっていたりしますし、キャスターの後ろに画面が流れるので、結構な割合で何を言っているのか想像がつきます。
旦那のお目当ての日本語放送(NHK)は、朝5時半からと時間帯が悪く、日本系移民の数が少ない実情を示しています。別に国際化を目指すとか何とかお題目があるわけじゃなくて,オーストラリアは移民の国ですから,出身国のニュースの需要があって流しているわけでしょう。
少し前から時々見て感心しているのが,火曜日の7時半からのSBSインサイドと言う番組です.女性の(なんていう名前だったかナー)司会者が、ある議題について会場に集めた人々を交えて討論していく、一時間物の番組なのですが,参加者が色とりどりで,経験者・当事者やら専門家,各界から集めて議論が白熱します.
最近放映された、イスラエルとレバノンのヒズボラの戦争の話題では,一方にイスラエル系移民(二重国籍あり、徴兵もされる)、その横にレバノン系移民が並び,意見を述べるのですが,ものすごく迫力がありました.そこに衛星でつながれたヒズボラとイスラエルのスポークスマンがバックに映るのですが,それはもう、もちろん双方とも自分の行為の正当化を主張するわけですけれど,テレビというのは正直なもので,どちらが足を踏まれている側で,どちらが背後についた力を存分に見せ付けて余裕をこいているのかをはっきり映し出します.どちら側の移民も分かっているのは,戦争をしてしまうと、憎しみとナショナリズムが噴出して、極化してしまい、これまで築いてきたtoleranceをぶちこわしてしまう、ということでした。
SBSには他に,強烈な中国系のおばちゃんのキャスターがいて、その凄みに引き込まれて(すごく濃い色の口紅に,ちびまるこちゃんカット、黒ぶちの眼鏡をかけて服も派手だったりする)時々彼女の語り口をきいては、毒気に当てられたりします.
ABCはもうすこしソフトなのですが、キャンベラニュースを7時からメインキャスターで永年こなしている女性キャスターのVirginia
Hausseggerが、今週からキャンベラタイムズでコラムを担当し始めて,ジャーナリストぶりをアピールしています.
ABCやSBSを見ていると、移民の国オーストラリアは,inclusivenessとtoleranceを重要視しているのだな、と感じさせてくれます.
私事としても,何かといざこざを起こしている隣の中国人やチリ人にも寛容にならねば,と思うのでした。
23 August 2006 記
[122]
「Fair Goの精神 ― 両者の意見は対等に扱われるか」
娘が慕っていたケアラーのN君が、先学期末、解雇されました.
解雇のことは、当時伏せられていたので、
「ああ、N君はお休みなのね.」と、親や子ども達は思っていました.
次の週に学校付近で突然解雇された由の手紙を配っていたN君は
解雇した側のP&C副会長に「校内から出て行け」と、追い掛け回されたそうです.
徐々に事情が外に漏れるにつれ、親たちの疑問は強くなってきました. 「あんなに慕われて信頼されていたN君が解雇されるには、それ相応のひどいことを彼はしでかしたはずだ.
金を使い込んだのだろうか. 子どもを強姦したのだろうか.」と、うわさが飛び交います. 「なぜ、説明がないのだろう.」
娘の通う小学校には授業前7時半から9時までのBefore School Careと、授業後3時から6時までのAfter
School Care があります。これを総称して時間外ケア Outside School Hours Care と呼びます. この組織は、日本のPTAにあたるP&C(Parents
and Citizens)が組織運営し、独立採算式で、親から徴収したお金でディレクターと2−3人のケアラーを雇って子どもの面倒を見ています. P&Cの代表には、普通は親が立候補しますが、地域民でもかまいません.
不審に思った親たちが、P&Cにあてて手紙を書き始めました. わたしも手紙を書いた一人です.教育委員会に手紙を送る親もあり、N君は、Unfair
Dismissalに提訴しました. これは不当解雇を扱う道筋なのですが、今回のハワードの新法案で、小規模事業所からの提訴が格段に難しくなった(つまり、労働者の首切りがしやすいってことね)のです.
当初P&Cは、N君を首切りすれば、それでことは終わりだと思っていたようですが、6年間に渡って親たちやコミュニティと広く繋がりを築いてきたN君への支持は、ディレクターのCさんへの支持を大きく上回ります.
P&Cは、説明をしなくてはすまない所に追い込まれました. 高々末端の労働者、ケアラーごときに普通は説明会などないのでしょうが、その日は普段の定例会の3倍ほどの親たちが集まりました.
異例のことです.
元気一杯で、はっきりものをいうN君は、子育てで疲れてやる気を失っているディレクターのCさんの、目の上のたんこぶでした.
Cさんが、産休開けで週二日復帰して以来、人間関係が悪化し、ストレス休暇を取って家に引きこもった彼女は、P&Cに泣き付いたのでした. 「Nが出て行かないと、私は職場に戻らない」と。イエスマンが好きでNを好ましく思っていない校長も、Cさん側についたのです.
P&Cの中に、Cさんに近いAさんがいて、彼女の策謀が効いたようです. Aさんは校長と組んで「勤務評価表」なるものを作り上げ、「Nは勤務時間中に携帯電話で話し込んでいる.
Nは親と話をしすぎる. それはディレクターの仕事である。」云々、書類をでっち上げて彼に署名を迫ります. 組合立会いでの会合でしたが、彼は署名を拒否しました.
N君が「監督方法の改善」を求めて手紙を書いた次の日にP&Cの緊急会議が持たれ、事前に用意してあった「解雇通告の手紙」とともに解雇が決定されました.
P&Cの決定の仕方は不平等としかいいようがありません. Cさんの意見や説明しか聞いていないでしょう.2者がいたら双方の言い分があるのです.
N君側の説明は聞かれないままです. 大体, 彼を高く評価している親たちや子ども達の意見は反映されていないじゃないですか.(P&Cの委員の親の中で、時間外ケアに子どもを入れている人はいない)
校長さんもね、自分達の賃上げ闘争だけに熱心で、ストを繰り返してちゃああかんよ。職員の待遇改善だけは親たち=納税者に支持してほしいけど、自分達の所だけで線引きして、N君みたいな、周りでそれを助ける役の人は首を簡単に切ってもいいと思っているの?それは都合よすぎるね.
14 July, 2006 記
[121]
「生きる力、楽しむ能力」
今週はサッカーの話題で持ちきりです.
日本とオーストラリアの試合で、後半まで1−0で日本が勝っていながら、最後の最後で逆転されて1−3で負けてしまった次の日は、勤務日でした。
夜中過ぎのライブ放映だったので、私は生で見ませんでしたが、朝方のラジオで嬌声を上げてはしゃいでいるディスクジョッキーの声が耳に張り付きました.
「突っ込まれるよなー」と思っていたら案の定、軽いジャブがジョークとともに3発ほどハイスクールの職員から入りました.
午後の授業で、満面の笑顔で「サッカーどうなったか知ってる?」と、興味津々できいてくるK君. 13歳ながら180センチ以上あるK君は、休み時間に、子犬のように目をキラキラ光らせてボールとじゃれ付き、友達とサッカーをして遊びます.嫌がらせでもなんでもなく、私がどう思っているか、心底興味があるようだったのです.
K君は、授業中のバロメーター. 彼の目がうつろなガラス状になってきたら休憩の合図. 水道から直接水をがぶ飲みしたり、教室の外の坂道を競争しながら走り回る姿を見るにつけ、「幸せにそのまんま大きくなったのねー.」と笑みがもれます.教室は個性の宝庫、能力が雑多で均一性にかけますが、みんな思ったことを口にし(人のことはねー,余り気にしないのだ!黙らせるのは一苦労)、同じ題材で課題を出しても、バラエティに富んだ解釈と発想法で楽しませてくれます.
退職を間近にひかえた娘の学校の先生と「新しい人生」について話をしていたときのこと。「あなたはどうしてオーストラリアにやってきたの?」と聞かれて私は答えました。
「どうしてって、そうねぇ。自分が自分として生きたかったからじゃないかな.日本にいると、周りとあわせるのに忙しくて、「型」に押し込まれて自分を失ってしまう気がしたから.日本はきちんとしていて、均一性はあるけど、ここぞと言う時の生きる力の爆発がないような気がする.皆にあわせるのにエネルギーを費やされてしまっているから.この間のサッカーの日本戦でも、日本のほうが実力が上と言われながら、怒涛のエネルギーでオーストラリアが逆転しちゃったでしょう?「生きる力」が日本ほどすり減らされていない気がするんだ.
そしてここの人たちは人生を「楽しむ」のが上手だと思う.」
あれよあれよと言う間に、クロアチアにも引き分けて、ついに2回戦ベスト16ですか。びっくりさせてくれるね、オージー達は!
24 June, 2006 記
[120]
「Talk to the right person」
週末に買い物をしていたときのことです. いつものアジア食品の棚をチェックしていて,「あれ、ちがうじゃん」と気がつきました.
お気に入りのはくばくうどんの所に, 棚の表示は「うどん」なのに、並んでいるのは「そうめん」なのです。
近所のジャミソンのコールズは、感じがいいのでよく利用するのですが, アジア食品の売り場が小さいのが玉に傷ですか.車ですぐのベルコーネンモールのアジア食品売り場の5分の一くらいの広さです.
完璧を期待しないオージーだからなあ, と、その場を立ち去ろうとしたのですが, ふと思いついて, 近くで立ち話をしている二人の店員の兄ちゃんに話し掛けました.
「あのタグちがってるよ。そうめんとうどんは売れ行きが大分違うから, はくばくの製品を二つしか入れないんだったら、ちゃあんとうどんをストックしたほうがいいよ.」店員の兄ちゃんがちゃんと話を聞いているので続けました.
「ここに空いていて遊んでいる棚に, このスペースだったらキューピーのマヨネーズと12個パックの味噌汁(我々のお気に入り)が入るね。ベルコーネンとマヌカにはあるから、サプライヤーに頼めば入ると思うよ.
ここに入れてほしくて前にマネージャーにメモして渡したけど,反応がなかったねー.」
実はこの兄ちゃんは、生鮮食品売り場の責任者だそうで, 早速マヌカ店に電話を入れて情報を仕入れて善処する, と言ってくれました.
それからカートをひいてウロウロと売り場をさまよっていると, また兄ちゃんが現れました.
マヌカに電話したが, 話中で電話がつながらないとのこと. コンピューター検索をかけようにも,バーコードか、商品名のスペリングが分からないと検索できない.
すぐに発注できれば, 日曜には商品が入ると思う. 申し訳ないが, 家に帰ったらバーコード番号を知らせに電話してくれないか,と彼は言うのです.
そんなにちゃっちゃと話が進むのはオーストラリアでは稀なので, もちろん、喜んですぐ電話しましたとも.
Right person に当たると, 話が早いね. 友達に知らせようっと.
4 June 2006記
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「反対を表明する権利」
昨日、いつもの時間のニュースを見逃したので、7時半からのABCニュースを見ようとテレビをつけました.
すると、「Right of Reply」と名づけられた特別番組に変わっていて、野党労働党党首キムビーズリーの顔が大写しで映し出されました.
キャンベラの丘の上の国会議事堂からのライブ中継です.スピーカーの左手に野党の面々、右手に与党自由党の面々が並びます.
「あ、そうか。二日前に新年度(2006年7月から翌年6月末まで)のコステロ君の政府予算が出たから、それに対する野党の意見表明なのね.それにしても
Right of Reply なんて、かっこいい命名だなあ.」と、期待して画面を眺めていました.
日本のNHKにあたるのかしら、ABCとかSBS放送とかで、政治家のスピーチが流れたり、国会の様子が写されるのを見かけます(でも国会答弁の様子は、キャンベラに住んでいるんだから、本物を見に行こうと思えばいつでも見に行けるわけね)。
これがねえ、面白いんです. その人がどういう信念でどういう政策を支持しているかが明確に見えるので、(それでもって話口がうまい)見入ってしまうことが多々あります.
ビーズリーが言っていたのは、今のオーストラリアに繁栄をもたらしたのは(恩恵の多い上の層ではなくて)middleAustralianなのだ、それなのに、その中間層が、汗を流した分だけの見返りがない、と何度も言っていました.政治家としての旬を過ぎてしまったビーズリーですが、一人で40分もしゃべっていたのに、見ていて飽きなかったです.
話は変わりますが、「反対する権利」といえば、ストとかデモとかがありますが(一番身近で単純なのは、反対意見をその場で述べる...というものですが)、我がサバーブでも身近な例があります.
1993年に、定員割れの小学校を潰そうと政府が仕掛けたことがありました.クック小学校はターゲットの一つとなり、大反対運動が起こったそうです.
道路を封鎖し、住民が交代で張り番をして、住民のみに通行証を発行して交通を遮断したそうです.それが何と200日以上続いた後、閉校は取り消されたそうです.
とここまで数週間前に見た、うろ覚えの新聞記事を思い出しながら書いたのですが、はてさて「細かいところは確かなのかしらん」と確認しようとして、取り置きの新聞をひっくり返すのですが見当たりません.
めげずにキャンベラタイムスで記事の検索をかけるのですが、出てきませんねー.
思い違いだったのかしらん。
でも、クック小学校って書いてあった記事だから、しっかり覚えてる気がしたんだけど...なあ。
でも、ありそうな話でしょう?
反対だったらそれをはっきり表明して戦う文化なんだ.
12 May, 2006 記
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「労使関係」
先回「先生たちのストライキ」のことについて書きましたが、今回は続編です。
先週から新しい「労使法 Industrial Relations laws」が施行されました。
現在のオーストラリアの政治は、三期続いて保守のハワード政権に握られています。3期目の今回はついに上下院とも過半数に達し、数的にはどんな法案でも通せる体制を整えました。
経済の好調を背景に、バブって調子こいてプチブル化しているオージー達が、余裕が出来た安心感で、ハワードの続投を支持しているようにみえます。
ハワードは絶対多数を追い風に、念願の「労使法改定」を行いました。
変えたところはいろいろあるようですが、まず最初の一週間ではっきりしたことは、労働者(100人以下の事業所)の首切りが簡単になったということです。
4月1日土曜日のキャンベラタイムズの項目を拾うと、「メルボルン港湾 Triangle Cables社労働者八人(全員組合員)が理由なし解雇通告」というのや、「タスマニアのコックが10年間勤務する会社から、法案施行初日月曜日に解雇される(理由なし)」、「メルボルンの建築関係会社
InstallEx が月曜に3人を解雇し、直後に当人らはカジュアル(時間給で必要な時だけ呼び出される)勤務を提示される」「連邦政府自身も Australian
Valuation Office の労働者達に合意よりも$18000ドル少ない契約を提示する」「Cowra 畜殺場で29人が解雇され、より低い賃金で20人と再契約する意思を会社側が表明」とあります。
ふむふむ、今までは、労働者側が不当解雇だと思ったら、訴える手立て unfair dismissalclaims to
appeal in industrial tribunals があったのに、泣き寝入りさせられちゃうわけね。どんなに取り繕っても、ハワードがbig
end of town 経営者=金持ち側の代弁者であることは周知の事実だもん。「賃金の高騰は国際競争力を殺ぐ」の名目で個々の契約を労使間で結ばせようというわけ。
地元キャンベラの解雇例も、写真と実名入りでばっちり記事が載っていました。南部地域 Gowrie にあるチャイルドケアーセンターで働く23歳の
EmilyConnor さんが、水曜朝に子ども達を監督中にオフィスから呼び出しを受けました。
「10分以内に荷物をまとめて出て行きなさい。あなたは首です。3週間分の賃金を保証しましょう。」
「理由は何ですか。」
「理由を言う必要はありません。We don't have to give you a reason.」
「まさか、何もいわずに首ですか。気に入らないというだけで解雇は出来ないでしょう? You can't just fire someone because
you don't like them.」
「できますよ。Yes, we can.」
と、4年以上そこで働いていたシングルマザーの彼女はその場で解雇されました。
すっごいねぇ、はっきりしてる。経営者に有利な法案が通ったとたんにこれですか。政府もはでな経営者達の行動がマスコミに流れ、慌てて対策を打とうとしているようです。
一般の有権者にも雇用不安が広がリ始め、早くもリベラル党から労働党への票流れが世論調査で数字として現れ始めました。労働党も、流れの変化をすばやくキャッチし、キャンペーンを張っています。
あかんわ、強いものをより強くするようなシステムは。Fair Go のお国柄なんでしょ、ただでさえ経営者は強いんだから、そんなに力を与えてはいけません。ボスの顔色をうかがうオージーなんてさまにならないしね。
3 April, 2006 記
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「ストライキ」
公立学校の先生たちのストライキの次の日にマーケットに買い物に行きました。
そこのデリで、クラスメートのお母さんが働いています。
そこで彼女に聞いてみました。
「きのうは、ストだったでしょう? 子どもちゃんどうしてたの?仕事は休んだの?」
「ああ、昨日ね...」
きょとんとした様子で、忘れていたことを思い出すように彼女は答えました。
「昨日は火曜日でマーケットは休みだから、助かっちゃった。子どもは一日家にいたよ。あんたのとこは、学校行ったの?」
「うちは律儀に、学校が再開した午後一時にあわせて登校させたの。ほとんど子どもはこなかったみたい。皆でビデオを見てただけだったって。」
「でも次の(ストライキ)が、勤務日だったら困るよねぇ」と、彼女はそう困った様子でもなく、当たり前に話していました。そうか、合意に達しなかったらまだ何回も続くわけか。うひゃあ。
火曜日は、私の勤務日です。
ほうっておくと当然のように母ちゃんの私の方に子どもの世話がかかってくるので、それを避けるべく、(ニュースや新聞で大々的に報じてはいるが)ストがあることも気が付かない父ちゃんにご指名がかかりました。「火曜日は一時まで先生たちのストだから、娘をみといてね」と。
「子どもはね、ちゃあんと両方の親が世話をするのよ!私だけじゃないの!」といわれ続け、よくしつけられた我が夫は、ちょっとあせりつつバスの時刻表を眺めておりました。
半日仕事場の机の横に席をもらい、漢字の練習をしながら時間を過ごし、お昼にインスタント味噌汁を分けてもらってご機嫌の娘は、一時の開校に間に合うように、父ちゃんに付き添われてバスに乗って登校したのです。
父ちゃんえらいじゃん。
あ、当たり前か。
でも、オーストラリアの先生たちって、ちゃあんと待遇改善を求めてストライキをするわけね。 どの当たりが争点で、どちらがどういう要求をしているか(教員組合対政府側)がはっきりしていて分かり易いです。日本なんか、公立学校の教員がストをしたら処罰されちゃうじゃん。なんでなん?働くものの当然の権利なのに。
ストで一時的に多少迷惑をこうむるとしても、大局的に見れば、ストをすることは働くものの要求を通し易くして、自分達を助けるものだと、一般の人は認識しているように見えます。
「そういえば、今日は休んでいる人が多かったなあ。」
ストの日に、お父ちゃんが帰宅して、申しておりました。
24 March, 2006 記
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「おじいちゃんの庭」
暑い夏をしのぎ、日差しが和らいだ秋の初め、一息ついた花たちは色鮮やかに幸せを振りまいています。
おじいちゃんが好きだった季節がやってきました。
おじいちゃんに出会ったのはかれこれ4年前のこと。
学校に行く通学路沿いの一軒家の前で、いつも庭の手入れをしていました。
庭いじりが好きな人でした。
前庭いっぱいに花壇を作り、自分でペイントした鉢を置いたり、フェンスを作ったり、日差しを防ぐ屋根や手作りのゲート、風見鶏やらなんやら...郵便受けも手作りでした。ごちゃごちゃとしていておしゃれとは程遠かったものの、住む人の愛情が感じられる家でした。
朝晩挨拶して、軽くお話をする日が続きました。
笑顔が素敵な人で、いつも明るい元気をくれるので、姿を見かけるのが楽しみだったものです。
ある日、おじいちゃんが、ちょっと違った様子で通りかかった私たちのところに急いでやってきました。差し出したのは、袋二つに一杯入った絵本です。「ちびちゃんにやっとくれ。」と。
うちで開けてみると、古ーい古ーい、懐かしい香りのする絵本が出てきました。紙質もざらざらとしていて、今時の絵と違って、書いた人の筆の跡が分かるような素朴な絵柄の絵本達でした。たぶんおじいちゃんの息子が小さい時に読んであげたものだったのでしょう。
それからおじいちゃんの姿をしばらく見ない日が続きました。
3ヶ月ほどたったある日、しばらくぶりにその姿を見かけたのです。
おじいちゃんは変わっていました。
すっかりちぢんでしまい、30も年を取ってしまったようでした。
「入院していたのさ。」と、笑っていましたが、車椅子に座り、足が切断されていました。
息子が家に出入りするようになり、おじいちゃんの姿を見かけることは稀になりました。
おじいちゃんの姿が庭から消えてからもう一年近く経つでしょうか。庭の手入れは続けられていましたが、おじいちゃんの姿は有りません。何だか庭はがらんとしてみえました。
先日、おじいちゃんの息子が芝刈りをしているところを通りかかりました。その姿は珍しくなかったものの、彼がおじいちゃんのフェンスを取り外し始めたので声をかけてみることにしました。
「おじいちゃんは元気にしてますか?」
「ああ、うちの父は昨年末に亡くなったのさ。片づけを始めたところなんだ。ここを引き払わなくちゃならないから。」
おじいちゃんが38年間愛した庭は、主を失い、片付けられて人手に渡ります。
5 March, 2006 記
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「食べ物」
近頃はうどんにはまっています.
ちょっと前までは, おいしいうどんを食べたかったら, (お高い)冷凍のどんべえうどん(5 個入り 9.5 ドル也)を
シビック のアジア食材店で購入するか, 自分でパスタ機を使って打つかしかないと思っていました. うちの家族はみんなうどん好きなので,冷凍うどんを冷凍庫の奥のほうに隠しておいても,
すぐみつかっちゃうのです.
どっちもちょっと面倒くさいんですよね. シビック のほうは駐車場を探してパーキングにお金を払い,
子どもの手をひいて, 時間を気にしながら買い物しなきゃならないし. ストック物も含めていつも買いすぎちゃうから, 片手しか空いてない身としてはちょっとつらいかな.
パスタ機で打つのは, 物理的に時間がかかりますね. お粉は最適なのですが(普通のプレーンの小麦粉でOK. 日本にも大量にうどん用に輸出されている)冷蔵庫で寝かせなきゃならないし,
切ったあとは, しばらくするとくっついちゃうから, おいておけないし.仕上がりが白くならないのも気になります.
そこに救世主登場!日本の会社がオーストラリアで現地生産しているもので, 最近キャンベラでも乾麺を
コールズ で売り始めました. 会社の情報はここ
www.hakubaku.com に載っています.
三食入りで $2.19. 乾麺としてはお高いほうですが, 味が良く, オーガニック
ということで, 人気が出そうです. 「健康食」というイメージで, ベジタリアンやオーガニック 食品好きの人たちから特に評価の高い日本食は,
ちょっとしたブランド化しています.
キャンベラ在住の日本人はついに 700 人を超えたそうで, 「日本食品」の需要は充分ですね. あとはうちの傍の
コールズ にもキューピーマヨネーズをおいてくれないかなぁ. ベルコーネン
モールとマヌカ のコールズ にはあるぞぉ.
マネージャーに進言しようかな.
オージーも, ソーセージシズル(Sausage Sizzle, バーベキュー好きのオージーたちのスナックの定番.ソーセージを鉄板で焼き,
ケチャップをつけてパンにはさむ. お好みで炒めた玉葱ものせる)とフィッシュアンドチップス
ばかリ食べてないで, 腹を引っ込める努力をしなさい.
13 February, 2006 記
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「映画鑑賞」
久しぶりに日本映画を鑑賞しました.
原題は Memoirs of a Geisha, 日本題は「小百合」というそうです. 地元新聞で好意的に取り上げられており,
三ツ星つきで推薦してあったので, マヌカ まで足を伸ばしました.
大手の提供物の一般封切り映画は, ベルコーネン ,
ウォーデン , タグラノン の各モールの映画館 Hoysts で見られます.
昔の映画や毛色の違うものを選んで健闘しているのが, シティの ElectricShadow で, 日本のアニメ映画も時々上映します. シティにもう一つ在る映画館
Greater Union は余りぱっとしないのですが, おしゃれ地域マヌカ に在る方は,三階建てのビルごと所有していて,
バラエティの多さではキャンベラ一です.
成人指定のMマークがついていたので, 子どもを預けて張り切って出かけました. 新聞で取り上げられたせいか夏休みのせいか,
いつもより人入りが良い様子で, 座席は結構埋まっていました.
日本人のキャストは豪華でしたねー. 役所広司に渡辺謙, 工藤夕貴に桃井かおりですか... お金があるハリウッドのスピルバーグ映画だけあります.
京都の花街なのに, みんな英語をしゃべっているのが妙でしたけど.
主役級は中国人キャスト. そのせいなんでしょうか, 着物もメークも大陸っぽく派手でケバかったです. 悪役姉御芸者の
Gong Li なんて, 綺麗なんですが派手で崩れた感じがしました.
でもなんなんですかね, やっぱり英語で Geisha というと「娼婦」というイメージがつきまとうのですね.映画の中で「芸者は
courtesan(高級娼婦)ではない. 芸人 entertainer なんだ.」といっている場面がありましたが, でも作品全体に流れるのは,一貫して酒の場面で媚を売り,
水揚げをウリにして最高額を競い合い, 「旦那」というパトロンを探して自分を切り売りする娼婦のイメージでした.
せめて entertainer の部分を artist にでもして, 芸者遊びのもっと粋なところを見せてほしかったな.
原作はもっといいかもしれない. 今度読んでみよう.
31 January, 2006 記
[113] [TOP に戻る]
「水浴難民」
「あっついねぇ. どこか水浴びできないかなぁ.」
と, キャンベラ地図を眺めていて見つけたのが,
上の写真 にある地点です.
うちから近くて, 車で 15 分ほどで着きます. 海のないキャンベラは, 自然の中で水浴びするなら湖か川になるのですが,
水位の低いこの時期は三つある湖どれをとっても, 水質が悪くて泳ぎに適しません.
ここはキャンベラ北西の端のサバーブ Holt から葡萄畑を抜けてしばらく行ったところにあります.
水着を着込んでビーチパラソルを持って出かけたのですが, 残念ながら眺めは良くても, 川には近づけませんでした. チビを担いで 3.5
キロ ブッシュ の中を歩いて水辺までいく気力がなかったので, ここは断念しました.
次に狙ったのは, もう少し湖に近いジニンデラ湖
近くの水遊び場所...これも底にちょっぴりにごった水が停滞しているだけでボツ.
その次は
2001 年のブッシュファイヤー で焼けてしまったまま禿げ上がった地域を抜けるコッピングクロッシングの橋の袂...これも水位が低くて水が臭く,
流れが停まっていました.
これであきらめてプールに行かないところが我々のしつこいところで, 今度は
ストロムロ (これも 2001
年の山火事 で焼けてしまった天文台)を超えてコッターダム の傍の水浴び場まで足を伸ばしたのが大成功!さすがに水源地の傍だけあって,
泳げる水が在りました.
水辺の木々にも
ブッシュファイヤー の傷跡が残り, 幹が黒く焦げていましたが, しっかり生き残って, 我々に木陰を供給してくれました.
キャンベラの南端のタグラノン のモール裏の
パインアイランド もいいけど, あそこは陰がないから苦しいね.
かんかん照りで, だらんだらんに伸びきってしまって締まりのないお正月です.
皆様はどうお過ごしですか?
3 January, 2006 記
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「フォーマル」
ハイスクールの終わり目の 10 年生と, コレッジの終わりの 12 年生の学年の最後にフォーマルという年間行事があります.
まあ, アメリカのを真似た物なのでしょうが, 皆さんドレスアップして, 異性の友人を伴ないディナーに登場してきます.
どんなものだか見てみようと, 今回初めて 10 年生のフォーマルに参加してきました.
主役達が到着する前に, 教員や親達がロビー前でカメラを持って待機. まるで有名人カップルを待つパパラッチのように,
カップルが到着するごとにバチバチとシャッターをきっていきます.
大抵は家族友人に車で送ってきてもらうのですが, 中にはクラシックカーやリムジンで乗り付ける生徒もおり...「何やってんだい,
16 歳だろうが!?」と思うのですが, 男の子は髪を撫で付けばっちりスーツを着込み, 女の子はロングドレス...と社交界でデビュー出来そうないでたちです.
唯一救いなのは, 女の子達のメークがケバくないところでしょうか.
中庭で飲み物と雑談を楽しみながらの小一時間後, ディナーが始まります. 座席指定での本格的コース料理.スピーチや思い出ビデオの上映などが終わり,
二時間ほどたって手持ち無沙汰になってきた頃に彼らを眺めてみると, 頬杖をついて退屈そうにしている顔がそこにもあそこにも...いつもの教室の子ども達の顔じゃん!
食後のコーヒーの後, 10 時過ぎに私はそっと抜け出しましたが, その後はディスコダンスが続いたようです.
聞くところによると, 他校のフォーマルはディスコのみで, 裸同然の超ミニスカートの女の子達が踊りまくるとか...それよりはまだ,
品が有るからいいかもね.
ああ, カメラを持っていけばよかった. みんな格好よかったのになぁ.
6 December, 2005 記
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「違う, 違う, 違うっ!!」
週末にお昼を食べに出かけました.
入ったのは, モールにあるカフェの一つです.
ベーグルとフォカーチャのランチを頼み, 待つこと少々.
どちらもパンに好みの具をはさんで, サラダを添えたものなのですが, 「どっちが出て来るかね.」といいながら出されたものを眺めると...
ざーんねん, またはずれでした.
ベーグルはまだしも(これは本物レベルのパンに食べに行って出合ったことがない), フォカーチャは半分くらいは当たりなのに.
ランチに一人 12 ドルも出した割には, 「スーパーで六個 1.98 ドル」レベルのふかふかスカスカパンじゃあ,あかんでしょう.
ベーグルを買うんだったら, 今のところマーケットのオーガニック肉屋さんで売っているのが一番いいかな. あのもちもちで身の詰まった感触が味わえます.
普通に食べるのだったら, 焼きたてが売りの Bakers Delight が好きですかね. 大抵便利な場所にあるし.
Hawker の中国系じゃないほうのパン屋でバゲット(Bread Stickという)を買うことも多いです. たまにマヌカのほうにいった折に
キングストン の Silo にも足を伸ばすこともあります.
でもね, 日本料理も寿司を初めとしてオーストラリアに根付いてきたとはいえ, 日本人経営でないところ(韓国人, 中国人がやっていることが多し)は
? のところが多いですもん. 日本人経営であっても, 現地のオージー好みに妥協したり, 手を抜くこともありがちです.
マヌカ のあの韓国人経営(だと思う)の寿司屋のひどいこと. インスタントラーメン(キムチ味)を「ラーメン」として出すのをやめてくれるぅ!?
ベーグルの質をこき下ろしていると旦那が一言.
「むかし, "インド人もびっくり"って言うキャッチフレーズのカレールーが在ったっだろ. でも日本でカレーを食べたら, インド人は(あんまり違うんで)びっくりするだろうね.」
インド人の友人が「今度は日本風のカレーを作ってね.」と再三催促するのですが, そんなことをする勇気がない私です.
14 November, 2005 記
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「雨降り」
いやあ, 連日雨ばっかりですね.
乾燥地のキャンベラですから, 文句言っちゃいけないんですけど. せっかく降っても, 土が悪くて 染み込みは悪いみたいです.
ここ 2 年ほど災難続きの家庭菜園でしたが, 今年はいいですよ. 水菜もホウレンソウもエンドウもすくすく育っています.
ソラマメは寒い時期に植えるので, いつもうまくいきますが,春の暖かい時期に植えるものは今まで軒並み全滅でした.
今年はトマトでさえ育つかもしれない...うちの菜園のある位置は直射日光がさんさんとあたり, 暖かい時期は光が強すぎてからからに乾いてしまいます.
大根などの根菜は, ミニミニのうちに生き残りをかけて花が咲いてしまい, すが入り放題で食べれたもんじゃない...という状況でした.
初めて自宅でまともに収穫できた小さな人参達は家族に大人気! 娘のお弁当に二本, 子どものおやつにも大量リクエストが...なんて,
今までなかったことです.
雨が降ると, 虫たちが家の中に避難してやってきますが, クモやムカデはあったけれど, 今回のはナメクジまで呼び込んでびっくりです.
24 October, 2005 記
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「フッティー狂」
先週の土日と月曜日(レイバーデイ Labour Day) は, 三学期後のスクールホリデー中恒例の三連休でした.連続で週末に雨が続き,
お出かけが出来ずに不満がたまっていたところを一気に解消すべく, 天気予報を横目に目ぼしいキャンプ場を物色しました.
出かけたのは, 昨年と同じ, シドニーのノースビーチ Narabeen のキャンプ場.ビーチの真横に作られた絶好のロケーションです.
ここは昨年まではカウンシルの運営する公営の物だったと記憶していますが, 今年は Big4 に買い上げられたようで,そこここにこの会社のロゴと, 経営する
160 あまりの全豪のキャンプ場の宣伝が掲示してありました.
設備は最高, 確か四つ星を自負していたと思います. ロケーションの良さとあいまって, お値段もかなり張ります.共同キッチン(電子レンジ,
業務用大型冷蔵庫あり), バーベキュー台(15 分 / 1 ドル), コインランドリー(3 ドル), シャワーあり.家族で一泊 50 ドル也. 我々は電気のない
Unpowered Site を選びましたが, 電化製品が使えてキャンピングカーに適している PoweredSite ならば 10 ドル増しで利用出来ます.
大型のキャンピングカーで, 動く家さながら長期でキャンプをしている人々も多く見かけました.
日曜の夜, バーベキュー台の横に登場したのが巨大スクリーンとたくさんの人、 人、人....!!そうです,その晩はフッティーのグランドファイナル.
応援するチームに点が入るたびに, ビール片手のおっさん達が「うおーっ, うおーっ」と吠えます. うるさいの何の....その上, 画面を見やすくするためにバーベキュー場の電気も消されてしまい,
我々は暗い中で懐中電灯をつけて食事の支度をする始末でした. アメリカナイズされたゲーム運びで,チアガールが踊り, ハーフタイムにはバンド演奏で歌が流れ...
あれあれ, オーストラリアは一応, 渋いイギリス文化の伝統を汲む植民地, おーっと,取り巻き?もとい, 連合?あれ, 連盟国?なんでもいいや, お仲間じゃなかったの?
キッチンで洗いものをしていると, オージーのお母さんが入ってきて, 家族分のホットチョコレート(MILO はミロじゃなくてマイロと言う)を作っていました.
彼女曰く, 「家族がね. フッティーに夢中なのよ. 画面にかじりついてうるさくて仕方がないわ.」
私「今日は何の日だったっけ?」
お母さん「グランドファイナルなの. ほんとにもう... 私なんか, ルールも知らないって言うのに.」
「あの人ね, マイロ作るの今晩二回目だよ.」と, 娘が教えてくれました.
4 October, 2005 記
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「アクセス数」
最近我がページのアクセス数が増加しています. 一日に 100 から 200 名の訪問者があるでしょうか.うれしいことなのですが,
何かまともなことを書かねばいかん, という妙なプレッシャーがかかったりしますね... とはいっても, やはり思い浮かんだことをいつでも好き勝手に並べているだけなのですが.
結構長い間, もう丸五年になりますか, 定期的に書き溜めているので, 当初の項目や
らくがき を読み返すたびに, その頃の状況や心情が思い起こされて, 自分としても良い記録になっています.
キャンベラのホームページも増えましたねえ. 残念ながら
神谷さん は帰国されてしまいましたが,
さらさん のも, さとこさん
のもそれから, だれだっけ, あ, 忘れちゃった.
在キャンベラ歴の長ーいかた のもありますよね. 老舗のは
池田まきこさん のかな. 旦那が見つけてきては教えてくれます. ブログなんかついていてレスポンスも早いし. どんどん進歩していますね. (何だか年寄りくさい言い方だ.)
やはり最近の数の伸びは,「スウドクモンスター 」の項目が増えたためだと,
旦那は自負しております. 彼はこれに眼がなくて, ちょっと前からキャンベラタイムズ土曜版で始まった「スウドク」("数独"なのかな?)の愛読者で,毎週地道に解答に取り組んでおります.
星三つとか, 難解なものは時間をかけてもなかなか解けなくて, ついに解答をお助けするソフトまで作っちゃうんだから,
まったく. 次の週に解答が掲載されるのですが, この間などは「違う答えを見つけた」と, おおはしゃぎしておりました.
そんな暇があったら, 子どもの相手とか, 役に立つことをしてよね.
26 September, 2005 記
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「キャンベラの住み易さ研究」
先日のキャンベラタイムズに「キャンベラ人の意識調査」の結果がのっていました. といっても, 大層なものでは全然なくて,
記者が街中で 160 名の一般人にアンケート調査を行ったものです.
一番の特徴は, 「都市と田舎の性格を併せ持った街」というところでしょうか. 「住み易い」と感じる人が圧倒的で,75
パーセントにのぼります.
アンケート結果での 住み易さの一押しの特徴は, 「豊かな緑」です.
ごみごみとせずに道でも敷地でもゆったりとスペースが取ってあるところだそうです. 家が高層化せずに, 住宅地にもふんだんに緑があるので, 排ガスが汚染度を高めることなく緑に吸収されます.
空気も水もおいしいのが特徴です.
上の写真は, ジニンデラ湖 畔で撮影したものですが,
この周りは実は住宅地で囲まれていて, 湖のぎりぎりまでアパートやらモールやらが乱立している個所もあるのですが, そうは見えないでしょ? 人気のない荒野に見えますよね.
二番目は,「公園」が多いこと.
ACT の面積の半分が国立公園ですし, 近場にキャンプ地やスキーやトレッキングの場所も盛りだくさんです.
三番目にやってくるのが「充実した余暇が過ごせること」です.
AFL でもバスケットでもホッケーでもクリケットでもトップレベルの応援が楽しめ, Australian
Institite of Sport にいけば, それこそ国のスポーツエリートの練習風景が間近で見れます. 屋内屋外プールもネットボールコートもゴルフ場もそこここにありますし,
オーバルは各サバーブに一つ以上は確実にあります. 大都市を回るショーも, かなりがキャンベラ公演を行います.
四つ目が, フレンドリーな人びと, 五つ目が整備された道(これはポイント高いかも...キャンベラ内どこでも30分あれば到達できます.
幹線道路は大抵 80 キロ で快適に飛ばせます! 道が良すぎて運転が粗いという評もあり),六つ目が海にもスキーにもシドニーにも
3 時間でいける便利さが挙げられています.
しかし, やはりキャンベラがキャンベラたる所以は, 七つ目にやって来る「首都であること」でしょうか.高々 30万都市に,
普通はトップレベルのスポーツ施設も競技場も美術館も国立大学も各国大使や駐在員もやってこないでしょ? ダムなんて, こんな小さい街に3つもあるのよ!
何と恵まれたことか.
キャンベラに住んでうれしいのは, 地方都市にありがちな, 滞留したどんより澱のように漂う空気感が薄いことでしょうか.
コスモポリタンな風が流れ込む気がします.
なんて, 誉めすぎかな.
21 September, 2005 記
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「聞き込みは平日が一番!」
生活で必要なものを買い求めるには事前の研究が必要です. 例えば冬季に突然壁に備え付けの電気ヒーターが壊れた場合,至急何とかしなくてはならないわけですが,
この場合1)修繕する, 2)買い換えるという選択肢があります.
しかーし, 直すといっても一筋縄では行きません. 壁に備え付けの Valcan あたりの 20 年物の場合, 現在は製造停止なので,
部品がなかったりしますし, 見た目も年代物でさび付いています.
では買い換えたほうが良いのではないか, と考えるわけですが, 選択はそう簡単ではないです.同じ電気の壁添え付け方にするか(これは取り付けに電気屋を呼ばなくてはならない),
自分で取り付けれるもの, あるいはコンセントに入れるだけの物にするか(いーっぱい種類があるが,暖かさと効率性はいまいち)それともガスをひくか(でもその場合はガス線をひかなくてはならないし,
ガス屋も呼ばなくてはならない)それともエアコンが良いか...(キャンベラは寒いので, 暖房用にエアコンを使いたかったら, 値段の高いインバーターにしなくては意味がない.
取り付けに 600 ドル以上かかる)と迷うわけです.情報を集めて天秤にかけるわけですが, 誰に尋ねるかで情報の信憑性が異なります.
一番良いのは, 担当の人がいる, 平日の聞き込みがあとあと決定を下すのに頼りになります. 昼休みを避けて, 朝方10
時半くらいまでの空いた時間帯に行くと, 担当者も元気ですし, 色々と教えてくれます.
週末に行くと, 増強要員がたくさん配置はされていますが, その持ち場のチーフはいなかったりします. 無責任な通り一遍のセールス口調が聞こえるのも忙しい週末が多いかも.
同じ店に来店しても, 週末と平日では全然印象が違う場合があります.
大体, 土曜はまだしも, 日曜は閉まっている店も多いしね.
29 August, 2005 記
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「八割主義」
人口 30 万強のキャンベラにも, 小さいとはいえ, 日本人コミュニティはあるわけでして, 日常的には散在している日本人達も,
催しや会議, 日本語学校などで顔を合わせます.
普段オージーの中で, のんべんだらりと過ごしていますと, 日本人主催のイベントなどの打ち合わせが,妙に几帳面に感じるものです.
「そんなん時間を割いて話し合うほどのもんなの?」とか, 「連絡網で伝達するほどのたいした変更じゃないじゃん」とか思うわけですが,自分が日本で働いていた時のことを思うと,
強烈に細かくきっちりしていかないと隙を突かれるので, 構えて準備していた記憶がよみがえります.
オージーの仕事のやり方は, 「八割主義」とでもいいましょうか, 時によると 7−6 割ほどにも下がるので,完璧ははなから期待していません.
この事項を周知徹底しましょう, ときまったとしても, 分かってない人は結構いて, 前日になって「何それ, そんなことあったん?」と聞いている面々(私であることは多い)がいます.
大掛かりな催しの準備はかなり前からするのですが, 大事なところが抜けていたり, 変更があったりはしょっちゅうなので, 余り気張ることもなく「何とかなるはずだ」と思い込みます.
当日のおおぼけも当然あったりするのですが, 気が付いて直せれば何とかするし, 出来なければ「出来なかった」というだけです. 日本の現場からきた人からすれば,
なんともいいかげんに感じるものです.
でも, 慣れちゃったしね, そういうやり方に. 自分が顧客の場合, 相手がいいかげんな場合は, 細かく確認したり,
クレームつけたりして尻をたたく術も身につけたし.
豪にいれば豪にしたがえ, ですかな.
5 August, 2005 記
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「リッチな気分を味わおう!」
首都のキャンベラには, 数多くの連邦機関が散在しています. 特にグリフィン湖周辺は土地を贅沢に使った設計で, 計画都市の良さを十分に堪能できます.
今回湖の南岸を散策し, ローカルでない連邦レベルを改めて思い知らされました. 我々は, 北部地域では一番庶民的なベルコーネンに住んでいるので,
普段はそこを中心に生活が回っていますから, 連邦機関とは関わりが希薄なのです.
古き良き?植民地時代を思わせる旧国会議事堂は, 趣があっていい感じです. 外壁は真っ白に塗ってあり, 内部はこげ茶のハードウッドで重厚に仕上げてあります.
ここを訪れる場合は, オーストラリアの政治事情を掴んでいると尚一層楽しめます. カリスマのある歴代首相の様子や,二大政党の活気のあるやり取り,
新しい国を作り上げていこうとする意欲, 大きな時代の流れ, エリザベス女王訪問や英国との関係...などが体感できるように,それぞれの部屋が設定されています.
子供用に作られた「お着替え部屋」がまた, いい感じなんです. 対戦時の軍服や女王訪問時のドレス,70 年代のヒッピーの衣装なんかが,
子どもサイズに手作りされていて着て見れるのです. 塗り絵なんかも置いてあって, 監視の目もなく, のんびりできます.今風にピコピコと秒単位で画面が変わり,
刺激を与えるコンピューター方式とは対極に位置する世界でした.
中庭に面したカフェがまた素敵です. テーブルクロスが掛かっていてリッチな気分に浸れ, それでいて余りお高くないのです.
メインとデザートを頂き, しめて 40 ドル弱(二人分)! ヨーグルトソースを添えたタンドリチキンのフォカーチャも美味だったし, アーモンド味のベリータルトも最高においしかった!満足でした.
お腹もいっぱいになったところで, 気持ちよく次の目的地へ. ゆっくり歩いても五分のところにあるナショナルギャラリーは,
世界各国の名画が至近距離で展示されています. 芸術音痴の我々でも聞いたことのある名前がどっさり. アボリジニー作品やなぜか日本の屏風絵も展示してあります.
「夜暗いところで見たら怖いよね」という迫力のある絵がたくさんあります. こんな「心の栄養」が, 無料で見られるなんて, なんて幸せなことだろう!
湖岸をまたまた数分歩くと, 今度は「カイリーミノーグ展」があり, またまたクギ付けになって手作りの衣装や写真, プラチナレコードなどを眺めていました.
それからはたまた五分くらい歩くと, 国立図書館です. 日曜日に開館していると思わなかったので,入口だけ覗くつもりで行くと,
なんと開いてました!(午後のみ) 入り口ロビーにはステンドグラス, 右手にコーヒーショップ, 左手には本屋があります.クロークに荷物を預けて中に入ると,
展示室を通って一般閲覧室へ. 日曜日にもかかわらず, かなりの数の人が静かにコンピューターをしたり, 本を読んだりしていました.天井が高く, 窓から見える景色も最高!の贅沢な環境で,
調べ物や本読みができるのです!
連邦機関を訪れて思うことは, 「余裕」ですか. 連邦の潤沢な予算を使っているから, プランもローカルの物とは比較にならない贅沢なものが作れますし,
土地を買い上げる必要もなく(これが計画都市の強み. 最初から連邦が中央の一等地を大きく抑えてある)最高の立地に一流レベルのものが建てられます.
ただ, こういうお上品なところって子ども連れは困るんだよね. 怪獣になって床に大の字に寝転がり, 大音響で泣き叫ぶ子どもがいると行けないじゃん.
ベルコーネン モールだったら, 他にも怪獣がたくさんいるから目立たないけど. たまにしかいけないね,
ああいう所は.
13 July, 2005 記
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「商業捕鯨」
昨日, 学校の職員キッチンで, 10 年生と「手打ちうどんと巻き寿司」の調理実習をしました.
物珍しさも手伝って, いつもよりも大分協力的で動きの良かった子ども達. パスタメーカーを使って幅広きしめん風に麺をきり出し,
打ち粉をふって休ませている間にお湯を沸かします. 汁麺ではなく, 讃岐風のぶっかけ麺にするべく, トッピングの準備. 小皿におかか, きざみ海苔,
千切のお揚げさん, 胡麻, 紅生姜, 刻みねぎ, 大根おろし...と, テーブルの中央に並べていきます.
巻き寿司のほうは, 授業で手順を暗唱したとおりに作っていきます. 「のりをまきすの上に一枚置きます」などとつぶやきながら,
生徒たちは果敢に海苔巻に挑戦していました.
茹であがった麺に甘辛のつけダレをかけて, 椀に盛ります. 好みのトッピングをして出来上がり. 大皿に盛ったスモークサーモンの巻き寿司に手を伸ばし,
わさび醤油にもチャレンジ! 子ども達は, 問題なく箸を使えていました.
材料に加え, お椀から炊飯器から大鍋まで持ち込みました. 一時間の授業ではとても麺をこねる時間がないので, 前の晩に一キロ分麺玉を作っておく...など,
教員側の下準備が大変でしたが, 子ども達には楽しんでもらえたようです.
職員室の横でわいわいと作業をしているので, 職員がちょこちょこと覗きに来ます. 「盛況だねぇ」と言ってくれる人は多いのですが,
試食を奨めても, 手を出す人はほんの一握りでした. やはり, 日本人教員以外は全員白人という, ヨーロッパ系職員の顔ぶれ所以と言うところでしょうか.
そこに現れたのが歴史担当のバーバラ. 菜食主義者で日本食にも通じている彼女は, 当たり前の顔をして「あら,おいしそう」と,
トッピングの紅生姜や揚げに手を伸ばします. 梅干も身体に良くておいしいのよね, との弁. ニコニコと食べ物の話をしていた矢先,ちょっと声を潜めて,
隣に座っていたジュディにいいました. 「鯨以外は, 日本食なら何でもいただけるわ」と.
言葉尻を捕らえて, 「キャンベラタイムズが先日, 日本の商業捕鯨推進の記事を書いていたけど, どんなに中立の態度で書こうとしても,
言葉の端々に敵意がもれ出ちゃってたね」と私が言うと, バーバラは, そうね, と軽く返事をしました.
この辺は, 文化と意見が対立するところなので, 第二次世界大戦の話をする時もそうですが, 余り意見を表面化させることなく,
さらりと流します.
普段だったら, あまりに日本をこき下ろされると, 「なあに, あんた達の手は全く汚れてないって言うわけ?牛や豚の肉をバカスカ食らって,
年間数百万頭もカンガルーを間引きして殺している人たちに言われたくないね」とでも思うところですが, バーバラの場合は完全な菜食主義者で,各種の残酷行為や人権侵害にも反対して活動している様子で,
筋が通っています. それでいて説教くさいことは言わず, 明るい笑顔で正論を言う大人の態度が好感を持てるところでしょうか.
昨日のニュースで, 日本の支持する商業捕鯨再開議決が否決されたと報じられており, 反対票に回った韓国は誉められていました.
22 June, 2005 記
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「痛み止めはパナドール 」
またまた性懲りもなく風邪をひいていました.
今回は一人寂しく寝ていることもなく, 家族全員がやられてしまったので, 一週間仕事も学校も習い事も,全ての活動を停止し,
療養に専念しました. なまじ子供が元気だとうるさくて休めないのですが, 今回は二人ともダウンだったので静かでよろしかったです.食欲もなかったので,
ご飯作らなくても良いし...
たくさん消費したのはやはり薬ですね.
症状によって各自薬が違うのですが, 同じものが一つ...「痛み止め」です.
こちらでの定番はパナドール(Panadol). これは商標なのですが, バンドエイドとかバファリンみたいに, 商標が一般に定着してしまって,
その類の商品の名前みたいに使われています.
主成分はパラセタモール . 日本では聞いたことないのですが,
英国と同様, オーストラリアも, 「風邪にはこれ」といわれます.
アスピリンでもペニシリンでもイブプロフェンでも, 他の成分の痛み止めももちろんあるのですが,やはり奨められて買ってきてしまうのはパナドールですね.
普通の白い錠剤から子供用シロップ, ジェリー状のカプセル, 速攻版, 水なしで舐めておけるチューアブル,苺あじの水に溶かす顆粒...などなど, 人気商品だけあって,
種類が豊富です.
今回, 親たちは定番錠剤のお特用 100 錠入りをせっせっと消費し, チビはシロップ, 上の子はチューアブル...と,
パナドールのお世話になりました.
薬局 Chemist にはもちろんありますし, 大抵のスーパーにも置いてあります. 値段が安いのも魅力で, 24錠入り
3 ドルくらいかな.
30 May, 2005 記
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「マイペースな幸せ」
今朝は寒かったなあ. ラジオでマイナス 6 度って言ってたけど. 息は白かったね, 確かに. 初霜にしてはずいぶん遅い時期だ.
指がかじかんで, ピアノを弾くのが億劫になる.
オリーブ漬けは, 今年は成功するかな. 今年は雨が極端に少ないせいか, 夏が暑くなかったせいだか,オリーブの実の収穫が一月も遅れてしまった.
青空ばかりで余り寒くないのは気持ちいいけれど, 雨がかれこれ一月半ほど降ってない模様... 庭の野菜畑に水をやるのも気を使ってしまう.
でも今日の昼ご飯に作ったぺペロンチーノもどきは美味だった! ガーリックを利かせたオリーブオイルに, ゆでたスパゲッティをからめて,
庭の野菜の葉っぱを刻んで炒めただけだけど. 今度は本格的に生チリを入れてみよう.
この間読んだ「食客旅行」(玉村豊男, 中公文庫)は面白かったなぁ. 彼が旅した各国の料理の体験談が綴ってあるのだけれど,
ユーモアがあって説教くさくないし, 文章がさりげなくお上手! ベルコーネンの図書館は, 最近は南のエリンデールに替わって日本語本担当になったみたいだ.
一人 30 冊まで 3 週間借りられるから, 調子に乗って 22 冊も借りてしまった. 延長しなくてはいけないかも.
各国のレシピ本も見逃せない. 写真を見ているだけで幸せになれるし. 今朝はそのうちの一つを使って, 子供のおやつのクッキーも作ったし.
雑誌も多くて, 最新刊以外は借り出せるのもポイント.
昨年度ベストセラーになった Across the Nightingale Floor (LianHearn) は,
三冊本だけど, あまりにも面白いから一気読みしてしまいそう. 戦国時代の日本をモチーフに, 領土争いやら忍者なんかが出てくるんだけど,さすがベストセラーだけあって,
引き込まれますね. 使っている英語も簡単だし. 作者は良く調べて日本を理解しているみたい. 「将軍」よりは, 描写が大分正確です.妙な日本語の会話が入っていないのが良いのかな.
これはハイスクールの生徒の日本理解の課題に使えそうだ.
子供がお昼寝の間に「らくがき」を仕上げてしまおう. 本の続きも読まなくちゃ.
ああ, 明日は仕事か. やだなあ.
9 May, 2005 記