[らくがき(2002 年 7 月 〜 2003 年 9 月)]

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「個人差」

うちの子供が 7 ヶ月になりました.
なんですかねえ, この間までおなかに入っていたと思っていたのに, もうそんなになるのですね.

7 ヶ月の誕生日の前日, それまでちょびっとしかそぶりを見せていなかった「寝返り」をする気になったようです. 頭を斜め後ろにのけぞらせて, 「くるりん」と何でもないかのように回転し, にんまり!もう一回「くるりん」と, その日は午後から何回もくるくると回っていました.

英語では寝返りのことを rolling といいます. "Can she roll?" "No, notyet."  と言う会話を 6 ヶ月検診で看護婦さんとしていて, なんたか巻物みたいだなあ...と思ったのですが, 個人差が大きくて「標準値」をあまり気にしないオーストラリアでも, 6 ヶ月でまだ寝返りしないのは遅いようです. 「そうねぇ, 寝返りする気になるように, 腹ばいにしてみたり, ちょっとはなれた斜め上の位置にお気に入りのおもちゃを置いてみたら?もう一ヵ月経っても寝返りしないようなら, 対策を考えましょう」と, 再検診の判定が下されました.

上の娘は, 3 ヶ月でくるくると楽しそうに回っていました. 「それぞれ違うから」と思っていても, 4ヶ月, 5 ヶ月, 6 ヶ月と過ぎていき, 幸せそうにもりもりと食べてはどてーっと 鯔のように仰向けで寝そべる様は, かわいいですけど, はたして進歩しているのか,と疑問に思うほどでした.

上の子は, オムツが取れたのも早くて, いろいろと覚えてくるのも得意です. 今度の子は, なんだかのんびりしているから, 何でも二倍くらいの時間がかかるのかな. 3 歳までオムツをつけている!という, オージー並になるかもしれない.

この間買い物先で, 寝返りの話をしていたら, 「うちの子供は, 9 ヶ月になっても寝返りしなかったわァ.満足げにどーんと寝っ転がっていたわねえ. そういう子もいるのよ. どうしてもハイハイをしようとしないから, 12 ヶ月で歩行器に入れて無理やり歩かせちゃったわ,わっはっは. 」と話してくれたお母さんがいました.

そういう子もいるのね.

24 September, 2003 記


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「疲れ」

最近なんだか疲れています.
朝起きてから二時間くらいは元気なのですが, その後どっと, なんですかねえ, 頭痛がして吐き気を催してくるんです.

何かのサインなんでしょうね. 「おーい, ちょっと危ないぞぉ. 休まなあかんぞぉ. 」と, 体が言っているみたいです.

痛み止めを飲んででも仕事をがんばっちゃうのがいけないんでしょうね. オージーみたいに, 調子が悪くなったら休まなきゃ. 日本人ぽく, 「ユンケル飲んで, 今日も乗り切るぞ!」をしてる場合じゃないぞっと.

体が弱ると, 精神ももろ影響を受けます. なんだか内向きにうじうじとしてますねぇ. オーストラリアでは, 皆元気に前向きなのがお約束なので, 挨拶で How is it going? (調子はどう?)と聞かれたら, へこたれていても Good! と答えることになっているみたいです.

しかしながら実生活って色々あるので, 明るい(ように見える)オージーでも色々溜め込んでいるみたいです. 青少年の自殺率は先進国内でも高いほうだそうですし, オージーの 5 人にひとりが精神病を患うと聞きます.

1 September, 2003 記


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「ぺース」

ああ, また一週間たってしまった. 日差しが春めいてきたなあ. 紫外線指数が 3 (moderate) にあがった. でも, きのうの朝の室内温度が 4 度! ってどういうことなんだ.

今週は何をしなくちゃいけないんだったかな. あそこに電話をかけないといけない. なかなか言ったとおりに仕事をしてくれないから催促しなくちゃ. 雨で洗濯は乾かないし... 何の買い物をするんだったかな. 会計士のところに行ってタックスリターン(前年度の確定申告, オーストラリアは 6 月で会計年度が終わる)もするんだった. 書類を揃えておこう. 結婚祝のカードと手紙を出さなくちゃ.

日本でだったら一日分くらいでしかない予定が, 一週間分の予定です. のんびりしてますねえ. これでも 「ああ, やることが一杯ある!」 と思っちゃうんですから.

オージーペースですね.

11 August, 2003 記


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「リサイクル」

キャンベラのごみ収集は二種類あります. 一般ごみは週一回, リサイクルごみは隔週一回です. それぞれサイズと蓋の色が違っていて, 見分けがつくようになっています.

一般ごみは少し小さめ, それでも私くらいのサイズの大人なら中に隠れられるくらい大きいのが各家にひとつづつ政府から貸与されています. リサイクルごみ箱は黄色い蓋でさらに大きく, 定番の古新聞・古紙, ダンボールと缶や瓶に加えて, 各種ポリ容器(洗剤や牛乳)も回収してくれます. 今年から回収品が拡大して, 油の染み込んだ宅配ピザの箱や, ヨーグルトやマーガリン容器, ポリの植木鉢などもリサイクルできます.

各地区決まった曜日に道路のふちに出しておけば, 頼もしいゴミ収集車がゆっくりと回収して廻ってくれます.このごみ箱, 単身や二人住まいには当然有り余る容量なのですが, 四人家族の我々でも, 一杯にするのは至難の技です.

「紙おむつにするとごみ箱からあふれるほどになるよー」と言う人もいますが, だって, あのごみ箱, 小さいほうでもごみ袋が十は入るでしょう? 「そんなにごみが出るんか?」 とも思いますが, 隣人宅は同じ四人家族で, 赤ん坊もいませんが, よく蓋が閉まらなくなっているのを見かけます.

先日中華食材店で「おから」を分けてもらいました. うれしがって煮付けを作り, それでもたっぷり余るのでおからハンバーグを 20 個ほど作りました. おからの量が多くて白っぽく仕上がり, なんだか鳥のミンチ肉ハンバーグのようになってしまいましたが, ご機嫌で食べまくり, 冷凍保存しました. おからも産業廃棄物になる時代と聞きますから, ちょっとよいことをした気分です.

また野菜屑を集めて庭に埋めよう.
消費時代の小さな罪滅ぼしです.

14 July, 2003 記


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「環境問題」

本格的な冬に入ったキャンベラです. 夜半にはマイナスまで冷え込み, 朝方霜で外が真っ白なこともたびたびです.

オーストラリア一冷え込むと言われるキャンベラですから, 「家の暖房をどうするか?」は, 切実な問題なわけですが,最近人気を得ているのは, 家全体をガスの温風で暖めるセントラルヒーティングです. これは Ducted Gas System と呼ばれ, アメリカなどでは大分前からあります. 一箇所でガスを炊き, その温風を蛇のようにうねうねと床下か天井裏をはいまわるダクトを通して, 各部屋に送り込むわけです.

これ, 基本的に「家全体を暖める」と言う構想なので, 一部屋だけとか家を半分だけ点けておく, とはいかないそうなんです. と言うことは, もちろん, 家はどこも暖かなんですが, すごーくガスを使うわけです. 友人が 2 週間ほどこれを使って, 200 ドルの請求がきて仰天して使わなくなったといっていました. ガス代もそうですけど, 人のいない部屋を暖めて, ガスを浪費して, 環境問題に敏感と言われる?オージーはなんとも思わないのかしら, と思うことたびたびです.

冷気がスースー入り込む, 建てつけが悪くて断熱材がまともに入ってない家で, 我々は一部屋にかたまって縮こまりながら, 春が来るのを待っています.

おこたつが欲しいなぁーっと.

15 June, 2003 記


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「待ち時間」

朝の番組を見ていたときのことです.
司会の人が, 「昨日ね, 請求書が間違っていたので, クレームをつけようと思ってテルストラ (日本でいったら NTT)に電話をかけたんだ.」と話し始めました.

彼の請求書には, 合計金額とともに, 通話した詳細(相手, 日時, 長さ)がいつもの如く記されていました.よくよく見ると, 何とある日の一時間以内に「時間」を調べに「19 回」電話をかけたと記録されていたそうです. アホか, と思い, クレーム番号に電話をかけたのですが, 電話口で待たされること 40 分, やっと生身の人間につながったそうです.

オーストラリアのある程度以上の大きさの会社・お役所に, イエローページなどで調べて電話しても, すぐに人間とは話が出来ません. まず, 機械が応答します. 「こちらはテルストラお客様係です. 次のメニューで当てはまるキーを, 発信音の後押してください. 支払方法は 1, 新規開設は 2, インターネットサービスは 3,携帯電話は 4, 修理・工事は 5, その他は 6」などと 2−3 回やらされ, その後「係のものが応対するまでお待ちください.」とえんえん待たされるのです.機械のしゃべる選択キーを長々と聞かされるのも頭にきますが, 選択の中に, 自分の当てはまる項目がないこともたびたびです.

銀行や福祉事務所のセンターリンク, テルストラに保険会社, そして, この間から教育委員会まで, この機械応答システムを採用しています.

オーストラリアの平均的な電話対応係が, 日本よりはぞんざいだといっても, 機械に電話するよりは, 人間に答えてもらうほうがずっとましです. しかしこのシステム, 不評な割に減る気配がありません. 増える一方です. 一応改善した振りをしようと, NAB 銀行では, 「お客様の待ち時間はあと 12 分です」と入るのが, さらに嫌味です.

間違いの多いオーストラリアですから, 後で変更をしてもらわなければならないことはたびたびありますが, また, 電話口で待たされるかと思うと電話をかけたくありません.

テルストラは 2000 人の人員削減予定だそうです.

2 June, 2003 記


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「フットワーク」

今日は仕事が休みの日です.
ゆっくりしておけばいいのに, がんばってしまい, また疲れてしまいました.

朝 9 時の始業に間に合わそうと, 上の子を起こして仕度させるのですが, 毎日のことなのにのろのろとしてぎりぎりまで準備できません. と, ここで鬼婆になるわけです.

すぐに買い物に行こうと思って, 赤ん坊におっぱいをやったり着替えさせたりするわけですが, やっぱりチャッチャとはいきません.

雨が上がったので, 洗濯なんかを始めちゃったのもいけなかったと思います.

モールでベビーカーを出すと, 階を移動するのに動きが鈍くなるのでと思い, 抱っこ紐にしたのが間違いでした. 買い物袋を三つ持ったところで大分へこたれてきました.

支払いがあった(こちらの郵便局は, 公共料金やクレジットの支払いなど, かなりの用が足せる)ので,郵便局の列に並びました. 月曜だからか, 結構混んでいました. 銀行にも用事があったので寄りましたが, 窓口に立っている間に足が痛くなってきました.妊娠ホルモンの作用がまだあるのです.

赤ん坊がだいぶ前から指をチュパチュパして空腹のサインを送っているので, 長居は出来ません.

うちに帰って, ミルクをやった後, 今度は庭の土運びです. 花壇にリヤカーで 8 杯ほど土を運んだら限界でした.そこで止めておけばいいのに, 庭いじりで野菜の種なんかも植え始めました.

ダイニングの床が汚かったのを思い出し, 掃除機をかけ始めました.

あれよあれよと言う間に午後 2 時を過ぎ, 子供をお迎えに行かなくてはなりません. 帰ってきたら洗濯物を取り込もうっと. あ, そうそう, 夕飯も考えなくっちゃ.

赤ん坊を産んで, 体が軽くなったはずが, フットワークは軽やかには行きません. そして, やっている一つ一つが,日々のしょうもない(と思われている)ことなので, 達成感は薄いです.

ああ, 旦那が帰ってきたら子供を押し付けて愚痴を言おうっと.

19 May, 2003 記


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「植木泥棒」

先週末, 信じられない目にあいました. 植木を盗まれたのです.

といっても, 植木鉢にちょこんと生えている, 持っていきやすくて値段の高い「盆栽」とかじゃなくて, 庭の地面に生えている, 正真正銘の「植木」をです.

後で考えれば, 盗みたい人には盗み易い状況だったと思います. 家のまん前の誰からも見えるところに,それも歩道のすぐ横, 手の届くところに美しく鎮座していたのですから. 木の周りも, シンプルではありますが, 和風に品よく色が映えるようにと配慮してあり,植えてから二年経って, やっと根がしっかりして葉振りが良くなってきた所でした.

秋を迎えて, 葉の色も深紅に変わり始め, 日本紅葉 (Miniature Japanese Maple)の最も映える時期です. 夜中にやってきた恥知らずの泥棒は, 植木鉢を用意し(それに入りきらなかったので, 現場に放置してあった), トラックかバンで乗り付け(セダンの車には入りきらない), 我々が丹精こめて育て上げた木をお手軽に掘り返していきました.

よっぽど欲しかったんだと思います. うちの家の前の道は, 車の通りが比較的多くて人目につきやすく,夜も街灯が煌々と照らす見通しの良いT字路にあるので, 真夜中といっても犯罪行為をするにはリスクが高いからです. 定期的に配られる地区の犯罪防止組織Neighbourhood Watch の犯罪記録をたどっていっても, この通りで被害にあったのは見たことがありません. 手際のよさと掘り方からして,通行人の振りをして事前に下見をしていたと思われます. とりあえず,若者ばか者の破損行為 vandalism ではないようです.

住む側に気持ちよく, そして散歩や通りすがりの見る側にも気持ちよいようにと思って庭を整備してきましたが, 裏目に出てしまいました. がっかりです.

30 April, 2003 記


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「甘味嗜好とハイパーな子供達リンク説」

昨日買い物に行ったので, ついでに昼食をお手軽なモールのフードコートで済ませました. うちの近くのモールの中には20 店ほどの食べ物屋が出店しているのですが, 中でもアジア系の店およびアジア系が経営している店が目立ちます.

写真の店はお皿に中華取り放題の「Little Beijing」ですが, 他にもカレー屋(中国人経営)の「カレーハウス」, 寿司と汁麺の「さくら」, 飲茶とどんぶり物の店, 最近二階に出店した「寿司ワールド」そして今度できる「 シズル弁当」です. 統計によると, お昼にサンドイッチを食べるオージーは 2 割減って, その代わり中華で済ます人が 3 割増だそうです. もともとのオーストラリアに豊かな食文化がないので,移民とともにやってきた各種エスニック料理が受け入れられる素地は大いにあります.

しかしです. 最近富に感じることは, その味付け方法です. 本国のままでなく, オージー流に多少アレンジしているのは分かりますが, そのアレンジが「度が過ぎる」のではないか, と言うことです. 久しぶりに上記の「LittleBeijing」のものを食べてみて, その甘味の強さに仰天しました. ほとんどのものが「砂糖でコーティングしているのではないか」, と思わせるほど甘いのです. そういえば, ベトナム汁麺の店の汁も甘めですし, 韓国料理店のうどんの汁も甘辛味です. カレーハウスのカレーも甘く, ココナッツミルクの味が強すぎてビンダルー(普通は一番からい)でさえ私でも平気です.

コレってやっぱり, 一般のオージーが甘いもの大好き!と言うことに起因していると思います. デザートだけでなく, 普通の食事さえお子ちゃま味になってきていると言うか...
(注 : 上の文章は, 本格的レストランには当てはまりません. お手軽庶民のテイクアウェイに限ったことです.)

オージーの子供達を見て思うことは, 彼らのエネルギーレベルの高さです. 日本の子供達からすれば, 元気が良すぎて困るくらいです. しかし, 最近問題になっているのはもともと元気がいいのに加え, ADD(AttentionDeficit Disorder 集中力欠乏症)の子供の割合が増えて, 学校での授業経営が難しくなってきていることです. 授業中に立ち歩く, よそ事をする(これは日本でも多いですが, 静かにやっているのでなく, 派手に騒いで邪魔になる)のは普通になっています.

そこで私と友人が囁いているのが「食事バランスが悪いので子供の注意力がなくなる」説です. 朝からトーストにはジャムや ハニーをぬり, コーンフレークに砂糖をかけ, あまーいココアを飲み, 昼は購買でお菓子を買ってジュースを飲む. 家に帰ればアイスクリームにチョコレート, 食事は野菜が少なく油が多い. 食後もあまーいデザート. 砂糖と油の消費量は半端じゃありません. 特に, 朝食時にあまいものを多く取った場合は, 授業中に集中力がなくなる傾向があります.

もうすぐイースター休み. 今週で学校が終わりなので, 浮かれ気味の子供達はイースター用のチョコレートを学校に持ち込み, 皆でまわしっこして消費します. 店に出現する大量のウサギや卵の形のチョコレートたち. 日本のバレンタインデーを彷彿とさせますが, 商業主義にも踊らされ, チョコレート好きが加速するオーストラリアで, 大きなチョコレートウサギを欲しそうに眺める娘を見ては憂鬱になる今日この頃です.

7 April, 2003 記


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「反戦ムード」

対イラク攻撃が始まって一週間になります. 昨日のニュースで 「戦争支持が過半数を超えた」 と報道されていました.国民の 7 割が反戦の意思を示しているのを押し切り, 議会の承認も得ないまま反民主主義的に部隊を出動させてしまっても, 侵略開始一週間で世論は支持に廻ってしまうもんなんですね.

この, 「議会の承認を得ないまま兵を出動させる」というのは, 今に始まったことではなくて, 91 年の労働党政権でも湾岸戦争で同じことをやったそうです.

日本のイラク大使を国外退去にさせるようにアメリカから要請があったそうですが, 豪では, アメリカに言われるのに先立って, まずイラク大使館の情報担当者を国外退去にし, 続いて大使も退去させました. なんだかハワード 首相のやることをみていると, ブッシュ大統領の意図をいつも先読みして, 言われる前に前にことを進めていくようです.

先日シドニーのオペラハウスの屋根に 「NO WAR」 とペイントした二人がいましたが, 首都キャンベラでも連日反戦行動が続けられています. 国会議事堂は小高い丘の上にあって, 周囲が開けているので, 格好のデモの場所となっています.

26 March, 2003 記


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「新生児誕生... 日曜日が好きな子供達」

ご無沙汰しているらくがきです. 実は二週間前の 2 月 23 日に, 予定日より三日早く陣痛が始まりまして,女の子を出産しました. 上の子と同じく, 日曜日の早朝に痛くなり始め, 午後三時過ぎに吸引器具(出産の最終段階の子供を押し出す「いきみ」が足りない母親をお助けする道具.便所のつまりを直すゴム製の「すこすこ」みたいな形で, 医者が胎児の頭につけて外から引っ張る.)で引っ張り出されました. 頭の後ろがしばらくボッコリと変形していました.今回は, 最終段階まで痛み止めなしでいけたので, 「コレは進歩だ!」と, 自分で自分を誉めたい気持ちでいたのですが, やっぱ最後でまたコケましたね.

2850 グラムと小ぶりなものの順調に産後回復して, 水曜日には退院したのですが, うちにその後毎日きてくれた助産婦さん(生後 1 週間まで毎日自宅に来てくれる Midcall というシステム)が, 「黄疸が出てるようね」と判断し, 血液を測定したところ, 値が以上に高かった(404)ので, またまた日曜日に入院する羽目になりました. 日本だと, 黄疸は結構許容するようですが, こちらは神経質になるみたいで, アジア系の子は特に引っかかり易いそうです. うちの娘は丸二日間, phototherapy と呼ばれる青と黄色の光線療法器の下で過ごしました. オムツだけだからぐずるし, アイマスクがすぐに取れては叱られるし, 食欲が落ちるので, 母乳を維持するために搾乳しなくてはならないし(電動式搾乳機で哺乳瓶の中に乳を搾るのですが, コレが痛いし乳首が二倍くらいになって気持ち悪いし... 乳牛になった気分でした), 光を浴びて水分が蒸発するので水分補給に粉ミルクも作ってやらなくてはならず(助産婦さんたちが忙しいため, 母親が自分でやらなくてはならない. うちにいるときより数段大変だった. こんな時に, 公立ではない優雅なプライベート病院にしとけば良かったと思う), 血液検査やら尿検査やら立て続けに検査されて, 三日経って退院出来た時はほっとしました.

二週間経って体調は本調子ではないですが, 良くなってきています. 外に出かけて少し長く立っているとしんどくなるので, 「ああ, 休まんといかんなあ」と思いますが, そろそろ旦那に任せていた上の子の学校の送り迎えをはじめようかなあ、と思い始めてはいます. が, たった 10 分の道程と言えども歩けるか心配な現状です.

こんな具合で暮らしていますので, ホームページ更新が滞りがちですがご容赦ください. メールの返事が届かない方も,気長にお待ちくださいね.

9 March, 2003 記


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ブッシュファイヤーその後」

キャンベラ周辺の山火事も収まり, 現在は復興に向けて動き出しています. 電気やガスなどのライフラインはすでに復旧していますが, 瓦礫の取り除き作業や整地作業が始まりつつあります.

400 軒以上が焼け落ちてしまったので, 住民はどこかほかに仮の宿を見つけなければならないのですが, 2 月頭から学校も始まり, 転校を余儀なくされる子供も多いことでしょう. ただでさえタイトなキャンベラの賃貸物件状況が悪化することも予想されています.

ACT 政府は各種補助を追加したり, 仮の宿を確保するのにがんばっているようです. 民間団体のサポートも多く耳にしますし, 寄付も 150 万ドルほど集まっているようです. 野党やマスコミから色々批判がありますが, 今の ACT 政府はよくやっていると思うけど...な.

100 年に一度と言われる Firestorm に誰が事前に万全の体制を取れますか. シドニーからやってきて現場レポートをちょこっとして批判だけして帰っていく大テレビ局や, 最悪な日の翌日にプライベートジェットで飛んできてカメラにばっちり映って住民と話をして, 一晩だけキャンベラに泊まって次の日テレビインタビューをして帰っていく ハワード首相なんかより, 汗水流すスタンホープ知事のほうが好感が持てます. ま, 地元代表だからがんばるのは当たり前なんだけど.

それにしても雨が降りません. ここ 35 日ほどカラカラ天気です. 今週は雨の予報が出ているのですが, 「雨が降るかもしれない」くらいな物で, 降らない場合のほうが多いので, あまりあてになりません. 水道から水が出るのが不思議なくらいです.

6 February, 2003 記


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「緊急ブッシュファイヤー報告」

昨日 18 日午後 3 時より, キャンベラのある ACT(首都特別区)は緊急体制が敷かれ, 知事ではなく, 警察署長が全権を握って ブッシュファイヤー被害の事態収拾にあたっています. 昨日午後から事態が急変し, 強風にあおられた山火事がキャンベラ西半分の地区を襲い, 特に森に近い WestonCreek の最西端 Duffy を中心に家々が焼け落ちました.

キャンベラ周辺, 特に西方は, NSWから広がる森林地帯で, そこから広がってきた 5 つ以上の火元が昨日の風で勢いを増し, 現在分かっているだけでも南西部地域 12 以上の地区で延べ400 軒以上が全焼しました.

電気やガスのラインも各所で寸断され, シティに続く ノースボーンアヴェニューでも信号機がつかないところがあるそうです. 避難所も市内 3 箇所に設置され, 各種情報がラジオで流されています. 今現在死者 3 名, 重態 3 名, 負傷者多数と報告されています.

ヘリコプターが上空を旋回し, 道路も各所で封鎖され, 空は煙でかすみ, 灰が舞い降りています. 日曜の今日は風が治まってほとんどは鎮火しているようですが, 月曜火曜にまた風が出てきて最高気温も 30 度台後半に上昇する予測のため, 予断を許さない状況です.

あまりにも火の廻りが速く, 危険地区も広かったため, 消防活動が追いつかず, 住民のみでホース放水して消火にあたっていた地区も多数あるようです.

近隣州からも消防の応援がきていますが, 火の手はキャンベラだけではなく, NSW 南部オーストラリア最高峰コジオスコ周辺の国立公園も燃えつづけている様子です.

うちのデジカメが壊れてしまったので, 映像はお伝えできませんが, また後日コラムにして追加します.

19 January, 2003 記


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前回住宅地近くに出没するカンガルーの写真 を載せましたが, キャンベラでは野生のカンガルーをそこここで見かけることは結構あります.

Bush Capital を誇りにしているキャンベラは, 公園や緑地が多く, 人工都市ですから, もともとは何もない荒野なので, シティ近くに作った住宅地のすぐ隣が牧場!何てこともあります(うちもシティから車で 8 分ほどですが, 横に山と牧場があります). 土地は建前上政府のもので, 住民が 99 年契約で借りていますので, キャンベラ建設時には端っこの端っこに過ぎなかった我が地区の隣を牧場主に貸し出したものの, 30 年後には一等地となってしまい契約も破棄出来ずそのまま... と言った感じでしょうか.南北に細長い ACTは, 南はナショナルパーク(ACT の半分以上を占める)の近くまで開発が進み, 北の住宅地は NSW に届くのも時間の問題です. 東側はもう NSW の街 Queanbeyan と繋がっているくらいです.

道路の質がよく, 皆さんが機嫌よく飛ばす道路にカンガルーが飛び出してきてはねられる姿は日常目にする風景です.道路のすぐ傍までブッシュが広がっていますから, 双方とも避けようがないです. 「カンガルーに気をつけて, スピードを出し過ぎないようにしましょう」と言われてもねえ.制限時速 80−100 キロのところでどうしろっていうんだ!

ACT 内でカンガルーがかれるのは年間 1200 頭程度だそうですが(一日に四頭もかれてるのね), 昨年度からは干ばつの影響で食べ物がなくなり飢えたカンガルーが住宅地付近に出没し, かれる数が増加しているとのことです.

16 January, 2003 記


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「謹賀新年」


明けましておめでとうございます. 2003 年のキャンベラは雨模様で, 久しぶりになかなかのお湿りに恵まれ, 庭の緑も生き生きとしています. 節水制限が施行されているキャンベラですが, ちょっと一息つけるような昨日からの降雨量です.

雨に喜んで外にウハウハ出てきたかたつむりをみて, 娘がまた「スクオッシュ(踏み潰し)しないかん!」と言い張ることでしょう. オージー感覚からすると, 庭木を食べてしまうカタツムリは害虫なので, 平気で踏み潰す人は多いです.

1 January, 2003 記


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「皇太子夫妻訪問」

本日皇太子夫妻がキャンベラを訪れました. 旦那が「ご訪問」の詳細を, 日本の新聞のニュースで調べて教えてくれていました.

「夫妻で海外は 8 年ぶりだって」「誰に会うんだろ. 総督とかかな. 」「どこいくの」「戦争記念館は行くそうだよ」「国会議事堂はもちろん行くだろうねぇ」「学校を訪問して教育制度を見てみたいとか言ってたそうだよ」「ふわア, 止めといたほうがいいよ. はげしいから. でも, いい子ちゃんのグラマースクールとか覗くだけでしょ. あ, でももう夏休みか...」などなど, ここ数日の我が家の話題になっていました.

戦争記念館はうちから近いので, 「見にいこっか」なんて話していたのですが, 何時来訪予定か知らないので, 「3 時間待ちぼうけー」なんて事態にならないよう, 止めにしました.

派手な話題の少ないキャンベラのローカルニュースでは, 小さな出来事でもニュースになります. 政治都市ですから,やはり政治の話題が中心ですが, 30 万人しかいないところでニュースを探しているので, 結構身近なところもニュースになっています. かく言う私もニュースに出たことあります!奈良市と姉妹都市提携を結ぶ, キャンベラの交流記念バーベキューで, がつがつと肉を食ってるところを撮られました. 「先生テレビに出とったでぇ」と翌日生徒が教えてくれましたが,気が付きませんでした.

小さい町なので, 会おうと思えばいろんな人(政治家が中心ですが)に合えます. この間は, モールでお茶しながら書類を読んでいる ACT の知事の スタンホープをみかけました(店の前を三回もいったり来たりしてアホみたいに覗き見をしていたのは私だけだった...)し, 伝説的ラグビー選手だった(あれ, フットボール?かもしれない)メニンガだって小学校にやって来ます. 朝早く国会議事堂付近にいると首相のハワード を見かけるとか. 日常の風景の中にいきなりテレビの人物が割り込んでくるようで妙な感じです.

夕方のローカルニュースで「日本のプリンスとプリンセスがキャンベラを訪問」のニュースがもちろん出ていました.夫妻がにこやかに微笑むなか, 小旗を振った日本人が多数映っていましたので, 日程をってる人は知っていたみたいです. あ, そうか, 日本大使館とかに電話すればよかったのか.あの小旗は, 現地で日本の係りの人が配っていたんだろうなあ.

18 December, 2002 記


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「カウラの街」

キャンベラの北 200 キロにあるカウラ Cowra の街に行って来ました. 人口 9000 人の ニューサウスウェールズ州のこの街は,第二次世界大戦中に収容所があったことで知られています.

対戦中, 外国人捕虜を収容するために, 町の人口の半分にあたる 4000 人分の施設が街外れに作られました.施設は四つのブロックからなり, 日本人とイタリア人が大部分を占め, その他に韓国人, 台湾人が収容されていたそうです. これは全豪の第 12 施設なので,他にも多数各地に人種ごとに分散させて, めぼしい外国人および戦争捕虜を収容していたようです.

1944 年, 1000 人からなる日本人捕虜のうち 500 人あまりが集団脱走を試みました. 「捕虜に甘んじるのは日本人の恥. 潔く自殺をしたほうがましだ」 という決意の元脱走を図った彼らのうち, 200 人あまりが死亡(自殺者多数), 逃走した全員がまた連れ戻されたそうです.

この「日本人集団脱走事件」の文献および遺品を展示した博物館がカウラ郊外にあります. 田舎くさ-いところで,妙な二人組みのおじさんが説明をしてくれます. Cowra Fun Museum と呼ばれていて, 2 エーカー の土地に, 戦争関係のものと列車博物館, トラクターなど陳列した Rural 博物館が三者一体となっています.遠足に行った 9−10 年生の感想は, 「キャンベラの戦争記念館より面白かった!」でした. キャンベラの戦争記念館は, 町の中心にあり, デザインと洗練度は連邦政府自慢の施設ですが,子供達には, 手作りの手で触れる博物館のほうが印象が良いようでした.

街の中心部には「平和の鐘」が設置され, インフォメーションセンターには戦時中の様子をまとめた 10 分間の映画が常時上映されています. 街外れには, 収容所跡と, 戦没者墓地があります. 戦後日本政府の援助で, 戦没者墓地の横に 日本人集団墓地が作られました.

街にある日本庭園は, 日本人デザイナーによる日豪の庭園作りを取り入れた, しっとりとしたつくりの名所になっています. 広い園内には鯉の泳ぐ池や滝, 茶室や日本文化を紹介する展示室, 陶器作り実演販売などがあり, お昼時にゆっくりとピクニックをするのに最適でした.我々は事前に町の日本料理店から lunch platter (オードブル? おつまみ?)を注文しており, 庭園についた昼頃に配達してもらいました.このお店の対応は良かったですよぅ. Blue Gum Restaurant と言う名前で, 日本人経営のこまやかな心遣いが感じられます. 大変えらぶった,値段だけ高くてたいしたことのない, 庭園隣接の Chill Restaurant とは対照的です.

予定より大幅に遅れて(だって, オージーの子供達は時間どおりには決して集合しないもん!)キャンベラにたどり着いたのですが, 大変満足の行く遠足でした.

10 月に毎年「桜祭り」が行われます. その時にまた訪れてみたいです.

24 November, 2002 記


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「干ばつ 2」

連日暑い日が続いています. 朝が一ケタ台なのに, 昼頃には 30 度に達する, という気温差の激しい季節です. 紫外線指数も真夏並みの「指数 11 extreme」に達し, 風景が白く輝いて, サングラスなしでは過ごせません.

「春になってお花がきれいねえ」なんていっていた時期は過ぎ去り, からからに乾いた大地はほうっておくと水を受け付けなくなり, 乾燥に強いはずの花木でさえ, へこたれて茶色になってきます. 「かわいそうだなあ」とおもい, 水をやればやったで, 罪悪感で一杯です. 何せ, 連日「干ばつニュース」が流れているものですから.

町の住人がスプリンクラーを使って庭木に水をやっている姿を見かけると, ほんの数十キロ離れたところからやってきた干ばつ地の農民は, 無性に腹が立って水を止めたくなるそうです. 小さな田舎町やブッシュの一軒家では, 蛇口から制限なく出る水の恩恵は受けられません. 都会といなかの感覚の相違による亀裂は深まっていきます.

羊 200 頭を一ドルで売り払ったとか, 作物が全滅だとかの話をききますから日本への農作物の輸出も影響を受けるでしょう.

12 November, 2002 記


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「干ばつ」

キャンベラ近郊, 北に 30 キロの小さな町, Murrumbateman のお祭りに行って来ました.
Barton Highway をまっすぐ北上すると到着します. 途中の風景は, いつもながらのなだらかな丘に広がる草地と, ぽつぽつと生えているユーカリの木々たちです. 今年は, 百年に数回しかない, 超雨の少ない「干ばつ年」だそうですが, キャンベラ近郊はまだ草木も緑色が残っています.

ニューサウスウェールズ州の 98 パーセントに「干ばつ宣言」が出されているほど今年は雨がありません. 牧場などでも, 動物達が弱っており, 子羊は, 生きたまま鳥に食われてしまうそうです. 飢えたカンガルーが高い柵を飛び越えて, 野菜や穀物を根こそぎ食っていくとか... そういえば, 餌を探して道路に出てきて, 跳ねられるカンガルーの数は増えているそうです.

町をあげての年に一回のお祭りは, ハイウェイ沿いに広がる牧場で開催されていました. 牧場の一部を仮駐車場にして,大人 1 人 5 ドルの入場料を払います. ふだんは何もない静かな田舎町なのでしょうが, この 2 日間のお祭りは町民総出でがんばるようで, 今年で24 回目を数えるそうです. 車は, その日だけでも 1000 台くらいは来ていました.

羊の毛刈りショー, 乳搾り実演, 切り株彫刻実演, 移動式ミニ遊園地, 子供牧場, 羊追い実演...など, 盛りだくさんで楽しめました. 出店ブースも 100 以上はあったでしょうか. 農機具に, 手作り小物, 手作りチョコにクッキー, 自家製蜂蜜やハーブ化粧品,植木屋さんの鉢植えに直営家具, キャンプ用品にアウトバック写真展など, 手作りのお祭りの味がにじみ出ていました. ご自慢のアルパカ羊や牛を披露している近隣農家の出展も目立ちました.

春のお祭りが終われば, 厳しい季節の到来です. キャンベラでも, 今年は 30 年ぶりに, 水使用制限が出そうだとのことです.

23 October, 2002 記


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「No Worries!?」

昨日やっと娘の誕生パーティが終わりました. 「ほっとした」というのが正直な感想です. 何が大変だったかと言えば,実際の準備と言うよりは, 招待者の親との連絡が取れないことでした.

招待状を渡したのは, 春休みのスクールホリデー前の, 誕生日の十日ほど前でした. 厳選した 8 人のお友達(これ以上の数は面倒見たくない!と言うのが本音)に, 「3 日前までに出欠の連絡ください」と, 電話番号を添えてカードを渡したのですが, 期限までに連絡があったのは 2 人だけでした.

「あれえ, どうしたのかな」とおもい, 周りの人に聞いてみると, 返答がまちまちです. 「招待状を出したのに,返事がないの. 欠席連絡がないから, 出席だと思っていいのかな.」 「どうかしらねえ. スクールホリデーで, 自分の休みの予定で頭が一杯で, みんな忘れてしまったんじゃないかしら. 電話してみたら?」 「来るかもしれないけど, 来ないことのほうが多いんじゃない?」とのことです.

なんでなんだ. わざわざ個別に招待状を書いて手渡したのに, 期日までに連絡がないなんて. 日本だったら返事をするのが常識じゃない!?と驚きあきれていたのですが, ここはオーストラリア. 「社会のお約束事」なんて一律のことはあまり存在しません. 何かを為したかったら, 繰り返し主張して実行あるのみです.

そこで, 近所のクラスメートに連絡して, 芋ズル式に一人一人電話番号を聞き出しました. 日本のように, クラスの連絡表一覧なんて存在しない(学校は保管しているが生徒には渡されない)ので, いちいちめんどくさいです. みんなファーストネームで呼んでいるので, 電話帳で調べたくても名字が分からないし, 父母が別居と言うことも多いので,どの子が誰と住んでいて,誰の名字を名乗っているかなんて相当親しくないと分かりません.

電話をしまくって, 前日までに 5 人の出席確認が取れました. よかったー. 出席者 2 人なんて, 初めてのパーティでちょっとかわいそうな事態にならなくて良かったです.

晴れ上がった日曜日, 湖沿いの公園で, 子供達は走り回っていました. 暖かかったので, 手作りケーキのクリームが溶けてしまって, 風が強くてろうそくの火もつけれませんでしたが, それでもご機嫌の娘でした.

3 日前に誕生日パーティをしたサミュエル君のかあちゃんも, 出欠連絡が入らなくて, 電話をしまくったそうです.

7 October, 2002 記


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「責任のありか」

娘の誕生日が近づきました. せっせと招待状を書き, お友達の親に手渡します. 原則は責任者である保護者に渡すのですが, 朝や帰りに仕事の都合上会えないこともあるので, 当人の子供に「親に渡すように」と, 念を押して渡すこともあります. 親の許可なしに子供だけで合意して出席するかしないかを決めることはありえないので, 出席連絡は保護者から直接入ります.

この辺が面倒と言えば面倒なのですが, 日本のように安全で, 「社会全体が子供の面倒を見る」と言ったような共同体意識が薄いのか, 子供だけで遊びに行くのはタブーです. 「母ちゃんがこういってた」という子供の言葉をそのまま受けるわけにも行きません. 親同士が直接話をするか, サイン入りの手紙でやり取りし, 合意をします. この間も, 娘が放課後に友達の家に遊びに行くのに, 親同士の間で 1 週間前から, お手紙と電話が 2 回づつ行き来しました.

子供同士の集団登校も違法ですし, うちで「鍵っ子」もダメです. 9 時と 3 時に親が必ずお迎えに行かなくてはならないので, 仕事などで都合がつかない場合は, 慌てふためいていろいろ算段することになります. 良くある対処法としては, 授業前後のケア施設に入れる(ない学校も多い)か, 祖父母に頼む, 友人と交代でお迎えに行く, などです. とりあえず誰か, 責任者の大人が子供と一緒にいなくてはいけないことになっています.

学校を休んだ場合も, 親が当日直接電話を入れるか, 後日一筆書かなくてはいけませんし, 遠足も毎回「出欠用紙」にサインしなくてはなりません. 誰が責任者か, 常に明白にされます.

八人の招待者の中で, もうすでに実の両親が離別している子供が(知っているだけで)三人います. 6 年前には子供をもうけようと決めた仲のはずだったのでしょうが, 「合わない」と思えばさばさばしたものなのか, ひとりは一週間ずつ交代で父母の間を行き来しており, もう一人は母親が再婚し義理の父と同居, 三人目は離別はしましたが父母が交代で送り迎えをしています(子供は母親と同居). 先進国では出生率が下がり, 離婚率が増加するのは周知の事実ですが, ACT はオーストラリア唯一離婚数が結婚数を上回る州だそうです(2001 年統計).

23 September, 2002 記


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子供の学校でも職場でも, それに街角でも「寄付金集め Fundraising」が盛んです. 「癌の研究費を集める」「白血病の子供のために」「世界の貧しい子供のために」という大きなテーマのものから, 「学校の本を買うため」「設備費をまかなう」「砂場を作りたい」という職場が一貫して取り組むもの, はてまた「遠足費用が足りない」「中国にサッカーの試合に行きたい」など個人的なものまで多々あり, 寄付集めのチョコレートやら手作りクッキー, くじ引きで賞品があたるラッフルチケット (上の商品は最近私がラッフルであたったもの. 近所の小学校の寄付集めだった. 一ドルで参加できる)など, 1−2 ドルの寄付を募るものが多くあります.

「春祭り」などと銘打って, 楽しみながら親が企画運営する, 各学校の寄付活動も恒例です. うちの娘の学校は年間寄付額 5000 ドルが目標なようで, 年度半ばを過ぎた現在, 三分の二ほど集まっているようです. 学校に入り口を入った壁に「寄付金温度計」が貼ってあり, 赤い水銀柱がただいまの寄付金総額です.

8 September, 2002 記


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「シラミ騒動記」

先週金曜日のことです.
「子供さんの頭に毛じらみがいます. すぐに引取りにきてください!」という有無を言わさぬ電話がだんなの研究室に入りました. 前日から二日がかりで実験の準備を整え, さあ午後から実験開始!と一息ついて昼ご飯を食べていた彼の計画は, 無残に打ち砕かれました.

子供の学校の連絡先には第一にわたしの名前があるのですが, その日はたまたま「一日代替教員」で, 市内のある高校に行っていたので, 小学校側はわたしの居場所がわからず, 二番目に書いてあるだんなの勤務先に電話を入れたのです. (*一日代替教員は Relief Teacher と呼ばれ, 専任の教員に休みが出ると, 登録してあるリストのなかから電話がかかってくる. 勤務開始一時間前にコール!なんてこともある)

怒り心頭の夫は, それでも仕方がないので, 一番早いバスに乗り, 引取りに行ったのです. わたしが帰宅すると, 毛じらみシャンプーで頭を洗ってもらった娘がご機嫌で遊んでおり, ふてくされた夫が庭仕事をしていました.

夕方買い物に出かけ, もう一種類の毛じらみシャンプーとシラミ櫛(目が異常に細かいやつ)を購入し, またまたお手入れしたのです. 夫は申年生まれで毛づくろいが上手なので, 念入りに娘の絡まった髪の毛をといていました.

しらみの卵は小さくて白っぽく, 半透明の色をしています. しかし, 成虫になると, 茶色の結構なサイズの六本足で, 肉眼でもはっきり見えるサイズになります. もっと白くてうじみたいにもぞもぞしているかと思ったら, 意外とその辺にいそうな「虫」の風情でした. 薬と櫛で成虫はほとんど取れてしまうのですが, 薬の効かない「抗薬性」のしらみもいるそうです. 卵は小さいですし, 粘液のようなものでしっかり髪にへばりついているので, まだ何回かお手入れしなくってはなりません. 「クラスにシラミ発生中!」の連絡票は年間何回も来ます.

「もうシラミなんかで呼び出しを受けないぞ!」と夫はがんばって娘の髪の毛のお手入れ担当です. 週末に汚染された毛布にシーツ, 帽子に服にクッションカバー... 洗濯機を三回も回しました. 親達もシラミシャンプーです.

親というのはなかなか面倒くさいものです.

19 August, 2002 記


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八月初日の暖かい日です. 昼頃はぽかぽかとして春爛漫!といった風情でした. 朝方はまだ氷点下のキャンベラですが,日に日に日差しが春めいて,紫外線指数も 3 (High)にあがっています. 濃桃色の桃の花も満開のところがあり, 華やかな色合いの少なかった景色にも彩りが加わりつつあります.

今週はコモンウェルスゲームというのがテレビで放映されており, オージーには人気のようです. テレビ会社が一社独占(チャンネル 7)で放映権を握り, 夜通し朝まで「水泳」だの「400メートルリレー」だのと騒いでいます. 世界 70 カ国が集まる大英帝国の末裔達のスポーツ祭典のようで, イギリスのマンチェスター までオージー選手団は嬉々としてでかけています. 世界一流が揃う世界大会やオリンピックではなかなか歯がたちませんが, アメリカの参加しない「元英国植民地」相手はちょうどお手ごろのようで, 大量にメダルを取っているようです.

でもなんですかねえ, なんとも思わないのかなあ. どうしても元首国に尻尾を振ってしまうのかしらん. 元植民地国としては「大物?」のほうのオーストラリアでさえイギリスとの関係は対等とは程遠いように見えます. ハワード首相も, 式典とか何とかでイギリス(アメリカにもだけど...)に赴く時はいつもとってもうれしそう. 尻尾振ってる犬みたいに見えるよ.

メダルを取ったのがイギリスとオーストラリアとニュージーランドだったとして, 国旗が揚がる所を想像して気分悪くなっちゃった. どれがどれだか見分けがつかんのとちゃう?

1 August, 2002 記


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今朝は朝の気温が久々にマイナスではなかったので, 「あらぁ, あったかいじゃん!」 と旦那と喜んでいました. 先週から最低気温マイナス七度の日が続いたので, ヒーターの前でじっとしている日々が続いています. いつもは動き出すのが昼頃からと遅いのですが, 今日は朝からせっせと庭の手入れにいそしんでいました.

こちらの家はセントラルヒーティングの家も多くなっていますが, うちはけち臭くて居間にガスヒーターがひとつと,書斎に電気の小さなファンヒーターがひとつあるだけです. 居間のは薄くて小さ目ながら, 日本製「リンナイ」の最新型の強力暖房なので効率的でありがたいです. (赤外線ほかほか暖房のこたつがあったらなあ, と毎日夢見ています. ) 天気予報を見ていても, 国内のどこよりも, タスマニア ホバートよりも寒いのだ! 若かったらスキーに行くんだけど.

現在学期間の二週間の中休み最中で, そろそろ娘のお守りにも飽きてきています. 「今日はどこに行くの?」攻撃には辟易していて, 早く学校が始まらないかなあ, と願っています. 給料貰って他の子のお守りをしているほうがいいなぁ. 「仕事だ」とか大きな顔できるのがいいかも. やってることは大差ないけどね.

今回の写真はうちの西隣の家の, 車の様子です. 手前がうちの家の前, 向こう側が西側のお隣さんの家の前に置かれた車です. うちの前がすっからかんなので, 隣の訪問客がうちの前の草地(Nature Strip と呼ばれる道路との緩衝地帯. 政府の土地だが, 管理は住民がやることが多い)に無神経に停める事もあり, 毎回クレームを付けに行きます.

ホントはご近所さんとはうまくやりたいのですが, 西隣とは境界線のことでもめてから, しっくりいってないです. 西隣の家は角地で, うちよりも 200 平米くらい敷地面積が広いのに, ガレージやドライブウェイが境界線上ぎりぎりに作ってあって, 圧迫感を与えています. 車も外にいつもはみ出しています.そして今回, 奥にあるガレージ(車が四台入る)をリビングスペースに改築している模様なので, あふれかえる車の現状改善は絶望的です.

入れ替わり立ち代りやってくるワークマン(大工とかペンキ屋とか水道やさんとかプラス訪問客)が隙あらばうちのまえに車を停めるので, すかさず言いに行きます. 「政府の土地だろう. 停めてどこが悪い!」 と開き直って言い合いになることもありますが, それは一歩も引きません. (あんたの駐車場にするようにあけてあるんじゃないよ, ボケ!) 黙っていては察してもらえないことがおおいので, 不満があるときは口に出すようにしています. 隣の西側にはたくさんの Nature Strip が広がっているというのに, 怠け者のオージー達は, ドライブウェイから遠いのでそっちには停めようとしません.

西隣は南米チリ人の家族. 普段はスペイン語が飛び交っており, 訪問客もスペイン語圏からの移民が多いです. 英語で言い合いをした後, スペイン語で捨て台詞を吐いていますが, こちらが分からないと思ったら大間違いだ, 感情のニュアンスは伝わるもんだ, わかっとるかあ!こちらも日本語ででかい声でいいたいこと言ってますが. ちなみに東隣は中国人カップルです.

17 July, 2002 記


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[らくがき(2005 年 5 月 〜)]

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